2010年10月アーカイブ

クエ鍋

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10月25日-27日
昨年に続いてクエを食する会が勝浦のG氏別邸で開かれた。博多からの運び役Y先輩を羽田でピックアップし、到着後大きなトロ箱を開けると出てきたのは体長約90cm、重量8.8kgのクエと、体長約56cm、重量3kgの見事な鯛だった。
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先ずはクエのひれを切り取って干す。クエのひれ酒はふぐのひれ酒より淡白で数等美味しい。
常連のT氏とTo夫妻が欠けたのは残念だが、クエ鍋、クエしゃぶ、こぶ締めの薄作り、鯛さし、あら煮など二日に亘って食す。 昨年のクエはやはり時期が早かったからか、「これがクエ?」という感じだったが、今年は「さすがクエ」でした。
昨日突然ホームページにアクセスできなくなりました。エラー500です。
access.logを見てみると、誰かが phpmyadmin にPOSTしていました。そして各ディレクトリーには設置した覚えの無い .htaccess ファイルが山のように出来ています。さらに各 index.html には怪しげなスクリプトが追加されていました。どうやら全てjijimiya.dip.jpにアクセスしてきたら webarh.com にリダイレクトさせるような仕組みになっています。
幸い仕込まれた.htaccess上のコマンドがwindowsでは動作しなかったらしくerror 500 でアクセス不能になったものと思われる。各index.html を表示してみると追加されたスクリプトは作動して、webarh.com に誘導されるがGoogle Chromeによりブロックされた。

追加された.htaccessの全てを削除し、全てのindex.htmlの追加されたスクリプトを取り除いて正常にアクセスできるようになった。どうやって書き換えが行われたのか浅学の小生には理解できないが、一先ず復旧したしアクセス自体が出来なくなるので他の人には迷惑は掛からないだろうと思ってそのまま稼動させていたら、今朝またアクセス不能になってしまった。
log を見ると別のIPアドレスから同じ様に phpmyadmin にアクセスがあり、昨日と同じ様になってしまった。 Googleでphpmyadminについて調べてみるとその脆弱性についての記載が見つかった。
出来ればXAMPPの再インストールをしたいところだが、差し当たりphpmyadminを最新バージョンに入れ替えて様子を見ることにした。

色々やりたいことが多く忙しいというのに随分時間をとられてしまった。
全くなんのためにこんなくだらないいたずらをするのだろう。チキショウ頭にくる!
暫らくアクセス出来ず、あすは帰国の日になってしまった。ナポリ到着時の事件を書いてあとは帰国後HPに書くことにしよう。

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10月9日早朝フェリーでナポリに到着。ホテルの前に着いたのだがどこが入り口か分からない。看板の下の大きな古い木のドアの中は工事用の足場の下にバイクが数台、ゴミが散らかっていてとてもこれがホテルとは思えない。妻はやや恐怖の表情である。
いくら1泊60ユーロの安宿だとはいえ、中東あたりの1泊100円のドミ見たいのは無いはずとは思うものの不安に駆られる。
(車の後ろに見える大きな木のドアが入り口)


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電話して見ると、確かにここでよいらしいのだがイタリア語でよく分からない。そのうち電話が切れてしまい困っていると、怖い目つきのおじさんがやってきて、これもイタリア語で何か言うのでついてゆくと裏手のピッツァリアに案内された。
ここがホテルの朝食をとるところらしい。チェックインはまだだというので兎に角荷物を預かってほしいというと、先ほどのおじさんを呼んで鍵の束を受け取り、これで中に入って荷物を置いてまた鍵をかけて出て来いという。
どこだか分からないというと、おじさんが一緒に来てくれることになった。さっきのガラクタの中を抜けると、映画に出てくるような古いエレベータがあってこれに乗って2を押せという。3階に止まったので扉を手で開けて降りると、ガラス戸があってその中がフロントのようだ。荷物をそこに置き先ほどのピツァリアで食事をして、考古学博物館が開くまで近くの公園で暇つぶしをする。

考古学博物館、エルコラーノ遺跡、ポンペイ遺跡を見て18時頃ホテルに帰りピツァリアのお嬢さんに案内され先ほどのフロントに行き鍵を渡され部屋に入る。木のドアが閉まっていたら1002と押して開けと叫べば開くらしい。部屋は清潔で充分な広さがあり、シャワーのお湯の出が悪い事以外は問題ない。

今日のホテルはまあ楽しいびっくりに入るがどうも今回の旅は事件が多すぎる。顛末はいずれ詳しく綴ることにして項目だけ書くと

1.チュニス-マルタ便の欠航でマルタを諦め、ローマ経由でシチリアへ
2.タオルミーナでカーナビにだまされ道に迷う。
3.ピアッツァ・アルメリーナのモザイクで有名な「ローマ人の別荘」で再びカーナビにそむかれオリーブ林に迷い込む。
4.やっとたどり着いたローマ人の別荘は開館が14:30で半日無駄に(地球の歩き方には10:00開館となっているので、10時に着いてしまった日本の若者に出会った。モザイクは聞きしに勝るものだったが、不思議なことにこの部分だけ写真がなくなってしまった。
この半日ロスでセリヌンテ遺跡などの観光を諦めざるを得なくなった。
5.ゆっくりとアグリジェント遺跡を見て廻りパレルモへ。パレルモの州立博物館でセリヌンテ遺跡の展示室が工事中。
6.ナポリの考古学博物館でも、有名なポンペイから出土のアレキサンダー大王の図のあるウィングが2月から工事中。
7.博物館から中央駅まで地下鉄2号線で移動しようとしたら、2号線は運休中だからバスで行けと言われた。
8.カプリでは潮が高く青の洞窟に入れず。

いろいろありましたが、これも旅の楽しみと思いたい。


ゆっくりして9時頃朝食。
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一昨日からの不運を振り払おうとゆっくり行動するように心がける。先ずは世界の保養地タオルミーナをそぞろ歩き。既にシーズン・オフなのだろうが、クルーズ船の団体を交えて大変な賑わいである。
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日本人夫妻や一人旅の若い女性など何人か見かけたが中国人のほうが断然元気だ。

バスターミナルからカステルモーロ行きのバス乗り、頂上からの展望を楽しんだ後トラットリアで久しぶりに美味しい食事にありつく。食いしん坊だけに写真を撮るときは既に2/3は平らげた後になってしまう、反省! シーフード・サラダ、シーフード・スパゲッティ、ビール、ワインどれも結構でした。
カターニア空港で我々の荷物だけ出てこない。もしかしてさらに試練がと不安に駆られていると最後になんと隣のターンテーブルに出てきた。どうもECの外から来た荷物だけは税関を通るように仕分けたようだ。

空港ビルから出たところにあるHertzのブースで、いつもどおり時間のかかる手続きをして無事オートマ車を手に入れる。ポータブルのカーナビに、行く先をセットしてもらい出発。
右側通行で交差点はロータリー、何回か指示より早く曲がってしまい大分大回りして高速道路A18に乗る。チュニジアの目茶目茶荒っぽい運転に慣れた目にはイタリアの運転は思ったよりおとなしい。出るときに地図をもらい損ねたので、まったくカーナビ頼り。ようやくタオルミーナの下の海岸線にでたらそこで案内を打ち切られてしまった。
そこからは難行苦行の連続で何回道を聞いたことか。妻はホテルに電話しろというが現在地を伝えられないところで電話しても仕方ないので、車を降りてはホテルの名前を告げるが安ホテルなので2回に1回はそんなホテルは無いという。
案内板に目的のホテルの名前を見つけそちらのほうに行ってみるが一向に行き着かない。なにせ断崖にへばりついているようなところで、細い道の一方通行、車はやたらに駐車しているし行き止まりも多い。ようやく名前のわかる大きなホテルの前で電話したらそのまままっすぐ300mくらい先だといわれる。まるでまっすぐとはいえない道を走っていったら主人と若いのがホテル前で手招きして駐車スペースを空けてくれた。

Elios Hotel 調度はいかにも2つ星の安ホテル、世界の保養地に一人5千円で泊まろうというのだからしかない。でも部屋のスペースは充分で直接テラスに出られる。
まっすぐ来れば空港から1時間のところを2時間半も掛かってしまった。折から雨も降り出したし疲れたので、冷蔵庫のビールを飲み、日本から持参の干物をつまんで寝てしまった。

まだ早すぎるが7時頃タクシー呼んでもらい空港へいったら、我々の便が見つからない。
空港の係員に聞くと今日はエアマルタ便は予定に入っていない。キャンセルされたのではないかという。インフォメーションに聞いてもエアマルタのブースはあそこだというだけ。もちろんフライトが無いのだからブースはしまっている。

エアマルタに電話しても今日はもう終わり、明日の朝8時からというテープが流れるばかりである。インターネットの接続ポイントは無く、周りはチュニジア語とフランス語、まさに途方に暮れた。替わりの便をさがしたがマルタ行きなどあろうはずが無い。

これからカルタゴ港に車を飛ばしてパレルモ行きのフェリーは?などとも考えたが、こうなったらじたばたしても仕方ないので、さっき出てきたばかりのホテルに電話したら運良く1部屋空いていた。フロントで又会えて嬉しい、部屋が一つだけ空いていてラッキーだなどと言われたが笑う気にもなれない。

ネットで確認するが今日の便の代替が明日出るということは無いので、マルタはスキップせざるを得ない。そもそも行きがけの駄賃にマルタに寄ろうというのが、小生流ではなかったと諦め、カターニアから元のスケジュールで旅を続けるのが最善かと考えた。

直行便はないのでチュニスからローマに行きカターニアへ飛ぶことになる。馬鹿馬鹿しいが他の手立ても考えつかないので、アリタリアの航空券を購入する。シチリアが一日増えたので日本からの便で隣り合ったNHKの「街角あるき」のディレクターさん(女性)がロケハンをしているシラクーサに行くことも考えたが、歳を考えてタオルミーナを2連泊にすることにした。

マルタのホテルのキャンセルに電話してキャンセルし、カターニアで借りるレンタカーの予約一日繰り上げ、タオルミーナのホテルに空室確認のメールをいれてようやく一段落。残るは張本人のエアマルタだが連絡がつかない。どうにも癪に障って寝付けない。

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今日はチュニス市内を一日かけてゆっくりと廻る予定だが、昨夜も早寝したのでやはり5時少し前のアザーンで目を覚ましてしまった。
朝食後暇をもてあまし、ホテル近くのベルベデーレ公園を散歩してから、旧市街メディナのグランド・モスクに出かけることにした。ところが公園に着いたら妻が不整脈が出たと言う。木陰のベンチに腰を下ろし、小一時間過ごして少し落ち着いたというのでゆっくりと歩いて近くのメトロ(路面電車)の駅に行く。初日に大分苦労したので今度は切符を買うのも余裕で一人0.32TD(約20円)を払いバルセロナ駅へ。

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大聖堂を見てからメディナに入る。ダマスカスのスーク以来何回も同じようなところを歩いているので慣れたもので、難なくグランド・モスクにたどり着く。残念ながらお祈りの最中で中には入れないが、中庭を覗き見るだけ。でもしっかり4TD取られてしまった。
モスクを出て更に進んでゆくと首相官邸などがあるカスバ広場にでた。




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妻がまだ心臓が気になっているようなので、チュニスに来てから初めてタクシーに乗りモザイクで有名なバルドー博物館に行く。タクシー代 2.3TD、150円足らずで粋がってメトロに乗らなくてもと言うところだ。
モザイクは、とてつもない数のコレクションに圧倒されるばかりである。

帰りはどうしようか、タクシーも空車が見つからないといっていたら妻が一台つかまえた。チュニジア人がしていた身振りをしたらとまったと鼻を高くしていた。

新市街に戻り、地球の歩き方に出ていたレストランを探したが見つからず、マルセイユ通りでイタ飯屋を見つけて入る。サラダ、ピザ、1/2ワインで24.2TD。
食後ブルギバ通りのカフェで一杯2TD(120円高い!と感じてしまう)のエスプレッソで1時間ほど粘りメトロでホテルに戻り、今度はロビーで粘ってから空港に行くことにした。
P1030185.JPG食後7時15分頃フロントに降りたら既に車が迎えに来ていた。昨日に引き続きドライバーは日本に13年出稼ぎに来ていたハムディ氏である。今回ガイドは頼まず、片言でも良いから英語を解するドライバーであれば仕方ないと思っていたので、日本語が通じてある程度ガイドが出来るハムディをつけてくれたのは大変ラッキーであった。

先ずはローマの水道橋に寄るという。水道橋は各地で見ているのでわざわざ寄らなくてもと思ったが、着いてみてびっくり。残っている長さが半端でない。近郊の山から今のチュニスまで、ごくわずかな勾配で建設した土木技術に脱帽であ
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る。










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ケロアンの街に入る前にカフェでお茶にする。ミント・ティー2杯とエスプレッソで1ディナール、約60円である。安い!
ケロアンでは、アラブの水道施設、壁のタイルが素晴らしいシディ・サハブ霊廟、グランド・モスクを見学後メディナ内をうろついて円形闘技場で有名なエル・ジェムへ。






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モスクは簡素ながら見事なイスラム様式であるが、すべての柱はローマ遺跡の物を流用している。 
長さは土台石で調節しているが、これだけの数の同じ太さの柱をさがすのは大変だったろう。
中に2本だけ十字架の彫り物が残っている。






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エル・ジェム正面のチュニジア風レストランで昼食をとる。焼きサラダ、魚の塩焼き、詰め物入りのピーマンを食す。ビール、ワインがないのが哀しい。

エル・ジェムに入場する。ローマのコロシアムより2回りくらい小ぶりだが保存状態が良く、往時の囚人や剣闘士、ライオンなどの状況が浮かんでくるようだ。




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それにしても廻りに何にもないところにポツンと建っている巨大な構築物には驚くばかりである。


帰路現大統領の出身地であるスースに。お祈りの時間でモスクには入れず、メディナの市場と観光客用のショッピングセンターを見て帰路に着く。17時少し過ぎにホテル着。




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フロントで近所のレストランを聞いたら連れて行ってくたが、ビールもワインも置いていないというので、テイクアウトして部屋でワインを飲みながら食す。18ディナール=1000円

10月1日(金)
朝5時前に目が覚めてしまい、気になっていた時差について調べたらなんと今年から2015年まではサマータイムを実施しないことがわかった。ラマダンとの関係らしいが、これで夏なのにイタリアと1時間の時差があり日本との時差が8時間になっている理由がわかった。
またイスラムが90%以上なのにスーパーでワインを買っている人が多い。アルコールに関しての戒律はかなりゆるい様だ。早朝聞こえるアザーンもなにか威勢がない。今日のドライバー、ハムディーに拠れば以前はイスラム教90%といわれていたが今では本当のイスラム教徒は60%くらいではないかという。

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朝ホテル発8:00、運転手のハムディ氏がトヨタのプラドで迎えに来る。道路は大渋滞でチュニス市内を抜けるのにずいぶん掛かったが、途中休憩を挟んで10:30頃地下住居で有名なブラ・レジア到着。浴場跡もカルタゴのものより保存状態が良く、小さいながらもローマ劇場もあった。それにしてもこんな内陸になぜこんなものが作られたのか不思議というより他はない。




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11時半頃にドゥッガに向けて出発。トッガのホテルで昼食を取る。ブラ・レジアで出会った単身福島から来たという若い女医さんと同席して話もワインも弾んだ。チュニジア・サラダ、ブリック、牛肉の煮込み。ブリックというのはツナと卵などのペーストを春巻きの皮で包んで揚げたもので、10cm位の3角形になっている。ぱりぱりなので手でないと食べられない。


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食後遺跡をぶらぶらして3時半頃帰途に着く。途中でザクロを買い、ホテルの部屋で食す。日本のものより大型で酸味が少ないが、しっかりかむとえぐいので口のなかで軽くつぶす程度にする。以前シリアで飲んだがザクロ・ジュースを作って冷やして飲むのがベストではないかと思う。
明日はサボテンの実に挑戦予定






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昨夜23時過ぎにチュニスに到着。家を出てから丁度24時間の長旅であった。
空港の両替所が一箇所を除いてしまってしまったので朝銀行が開くのを見計らってホテルをでる。1チュニジア・ディナール(TD)=58円であった。これで換算するとずいぶん物価は安いように感じる。ちなみに今回のホテルは朝食つき1泊約5000円である。旅行案内書には2008年で95円になっているのでずいぶん円高になったものだ。
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今日は市内の路面電車に乗り、TGMという郊外への電車でカルタゴへ行くのだが、どの系統の路面電車がTGMの始発駅に行くのだかさっぱり判らないのには困った。若い人ならと英語で聞いてみるとまったく通じない。途中でギブアップして地図を頼りにTGMの駅まで歩いて行く。
チュニスは大都会だがやはりどことなく中東の雰囲気である。朝10時頃カフェにたむろしている連中は一体何なのだろう?



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カルタゴ・ハンニバル駅で降りて先ずはビュルサの丘へ。遺跡と博物館を見て海沿いの史跡公園まで歩き、アントニヌスの共同浴場をみて再び電車に乗りシディ・ブ・サイドへ行く。








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片手に美女を抱き、右手はワインの皮袋をまさぐる、こんな生活を一度はと...(カルタゴ博物館)









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アントニヌスの公衆浴場










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こちらは地中海の島を思わせる保養地である。歩きつかれたので昼食はちょっと奢って高級レストランで。

TGMでチュニスに戻り、再び路面電車と格闘の末、ホテルに近い大きなスーパー2軒をはしごしてワインと水、果物を買ってホテルに戻る。夕食はチーズとワイン、果物で明日に備えよう。今日はかなり歩き回ったのでこれで時差調整終わりとしたいものだ。

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