2011年3月アーカイブ

明日は午後脊髄にドレンをとりつける。大動脈への血流を止めたとき脊髄液を抜いて内圧を下げることで神経を保護するのだそうだ。小生のように下行大動脈の交換の場合には、この神経の損傷による対麻痺(両脚の麻痺)が最大の問題のようだ。(他の部分を交換する場合はこの問題は滅多に起こらないらしい、下行大動脈の置換がもっとも簡単に見えるがリスクは高い理由がようやく分かった)

明日は午前中に体毛を剃り、へその中まで掃除した後シャワーを浴びて待機。午後歩いて手術室に行き帰りは車椅子のようだ。背骨に沿って細い管を貼り付けた状態だが、行動に制約は無いというのでもう一度ブログを書けるか?

地震のニュース、原発の経過に気をとられて持参した本はなかなか読み進めない。被災者の苦しみを思うと、こんな贅沢なところで手術を待っているのが申し訳ないような気分になる。

持ってきた本が悪かった「文明崩壊」

vP1020231.JPG入院3日目、昨日から脳血栓防止の点滴が始まりようやく病人らしくなってきた。
入院以来、東北関東大震災のニュースに釘付けである。津波の被害は目を覆うばかりで、ニュースでは死者1000人超かといっているが、1万人に近い死者がでるのではないかと心が痛む。大手術を控えているとは言えこんなに快適な入院生活をしていてよいのかという気分である。

それにしても原子力安全・保安院の記者会見はひどい! なに一つ疑問に答えていない。ただ安全だというばかりで、その根拠をまったく示さない。 昨日の朝の時点で炉心溶融だと思っていたのに、なぜか認めようとしない。 なぜ2系統の自家発が起動できなかったのか、非常用電力の再供給にどんな手を打ったのか、などなど分からないことばかりである。建屋が壊れて2時間もたっているのに放射線量が増えているのかどうかさえ調査中だと言うばかりだ。
原発建設の地元対策交渉位しか出来ない連中としか思えない。
説明を聞いて質問に立つ記者もどうかしているのではないか。ろくなことを聞いていない。
 
夜になって爆発は建屋内にこもった水素爆発という。炉心で水と金属多分Zrから水素が発生したとすれば1000度以上にはなっているだろうし、どのような経路でこれが建屋内に出てきたのか分からないことだらけだ。
今日から入院、病院4回の検査室で頚部のCT検査中大きなゆれで中断。ベッドに起き上がってみると大きな振幅のゆれが数分続き只事でないことを思わせる。ゆれが少し小さくなったところで一旦病室に戻る。 15時から執刀医の説明があるので一旦職場に帰った息子を呼び返しているので運転中なにか無ければよいがと心配になる。

病室でテレビに釘付けになっていると、予定通り手術説明となる。執刀医のF先生、至極事務的に現在大動脈の直径が60mm近くなっているので手術して人工血管に取り替える。
頭に行く血管の分岐に近いので血管をクランプして血流を止められないので、体温を25度まで下げて心臓を止めて血管を切ってからつなぐことになる。そのため流れを再開したときに脳梗塞を起こす可能性がある。また大動脈からは脊髄に行く血管が何本も出ている。その再建は無理なので、交換する部分からの血管は切ってしまいその下の血管からの血液でまかなうことになる。脊髄損傷による下半身麻痺の危険性が5%くらいはある。その他各種の合併症をあわせると残念ながら約10%の危険のある手術です。

まあ想定内とは言え、取り付く島がないというのはこのことか。2-3質問をして、よろしくお願いしますと頭を下げるより無い。

病室に戻っても地震の方が気がかりで、あの流されている車や壊された家に人は居ないのかなどと気が気ではない。こちらの同意書などはどさくさまぎれにサインしてしまった感じである。
遅くならないようにと息子に妻を送らせて返したのだが、それからが大変。妻が停電中の家に帰った直後まで連絡がついたのだが、それからが大騒ぎ。ようやく22時少し前に家族全員と連絡が取れ一安心した。

入院初日でおまけに地震騒ぎ眠れぬままに朝起きてニュースを聞く。まだ全容がつかめないが、最終的には死者は万に近い数字になるのではないだろうか。日本の経済成長率にも影響が及ぶであろうし、日々の食料の供給などにも影響がでるおそれもあろう。
頼りない政府、与野党もこの際は一致団結してもらいたい。思わぬところで管政権延命となるか。

T組は例年通りアメリカにスキーにい行っている。サンフランシスコ、阪神淡路、十勝沖(?)などT氏がアメリカにスキーに行くと大災害が起きるというジンクスはまだ続きそうだ、S嬢にメールを入れる。

今日から脳梗塞防止の点滴が始まった。



朝7時に家を出て北里大学病院へ。この冬最後(?)の寒波か、気温は予報ほど低くないが2度。予約が無いので一番で眼科受付けに行き、榊原からの紹介状と診察券を提出する。

ニュアンスは分からないが、榊原は脳梗塞予防に血液が固まらないようにするヘパリンを使ってよいかという意見を求めているようだ。榊原の先生は「手術が成功しても片目の視力を失ったというのではなにもならない、こちらのほうはまだ待てる」と言っているので、ここで北里側が慎重になると手術延期という事態にもなりかねない。何時起きたのかはっきりしないが、確かに右目網膜には出血痕がある。これがヘパリンで再び出血が始まる可能性はあるが、ようやく精神的にも落ち着いてきたのに再度待てがかかってはかなわない。待てと言われたら「黄斑変性で北里に通い始めて9年間、結局何の治療もしていないのだから、待てと言っても何時まで待てば良いのか」と啖呵の一つも切ろうと気持ちを紛らわせつつ待つ。

担当の医師のブース前で待っていると、K先生が現れたので挨拶をしたらそのまま診察室の招き入れられた。「確かに出血のリスクはあるのだが、この際治療を優先して貰いましょう」と思いのほかあっさりと承諾してくれた。今日は網膜専門の部長が不在(?)で、K先生も4月から転院ということもあってか、予想外に早く9:30には病院を出ることが出来た。妻に電話を入れると「あー良かったぁ」と。入院、手術が予定通りになると大喜びするのもなにか変だが、妻も気が気でないのだろう。

4回目ともなると入院準備は慣れたものだ。息子から明日の時間の確認の電話があった。

昨日出発前にTさんが電話をくれたが、仲間達はもうレイク・タホに着いて一杯やって早速運試し最中のことだろう。出来れば来シーズン標高の高いところでなければ滑れるようにならないかなーと考えたりするが...諦めるわけではないが無理と思っておこう!


朝8時弟に迎えに来てもらって榊原記念病院へ。

先ずは外科外来で医師の説明を受ける。

(1)これまでの検査の結果手術に支障のある問題は無い。頭部、頚部のMRIの結果も腫瘍や動脈瘤も見つからず、頚部の動脈も問題ない。術式としては確立されている。

(2)心臓から3分岐(脳と腕に行く血管の分岐)まで:少し太くなっている感もあるが解離はなく問題ない。

(3)左脇腹を切開し、胸骨を切って広げ、左肺をつぶして心臓をむき出しにする。3分岐の後から腹膜付近までの下行部を人工血管に取り替える。人工血管はポリエステル繊維で作られた布にゼラチンコラーゲンをコーティングして蛇腹構造の筒にしたもの。

vP1020227.JPG7日(月) 昨夜来の雨が雪に変わり、あっという間に庭一面真っ白に。散髪に行く予定も取りやめのんびりすることにした。4度目の入院ともなると特に準備することも無いが、今回は長引きそうなのでゆっくり本を読もうと全米ベストセラーになったジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」上下巻を購入した。
塩野七生女史の「ローマ人の物語」もあと少しで完読なのだが、流石に帝国末期に差し掛かるとあまりページが進まない。


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入院を控え昨夜はちょっと贅沢(?)をして、スーパー特売!の「大分のひらめ(勿論養殖)」、「長崎のいさき」を買い日本酒を楽しむ事にした。

ひらめの「エンガワ」はあら塩で食すと良いいう話もあり、「もみじおろし」と「あさつき」をいれた「だいだいポン酢」+「醤油」、ワサビ醤油の三通りの食べ方をしてみた。

小生は断然ポン酢派なのだが結果は「ワサビ醤油」に軍配が。ふぐや鯛は絶対にポン酢と思うのだが、安い養殖のひらめは2月でも暖かい水槽で育っているのか、「寒びらめ」というわけにはいかないのだろう。でも炭焼き仲間の一人に頂戴した手作りのぐい飲みで飲む日本酒は最高! 

vP1020222.jpg雨で延期していた竹炭焼きの日、手術日が決まった報告がてら9時半頃に顔を出す。軽作業と炊事当番くらいするつもりで行ったのだが、すっかりお客さん扱いである。
先日の雪でやられた真竹の林は我々の管理外ではあるのだが、あまりにも見苦しいので倒れた竹を切って運び出す。密集した竹が色々な方向に倒れているので大変な作業である。こちらは精々枝を落として使える部分をとり残りを燃やす位しか出来ないのが歯がゆい。



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昼はこのところ定番になっている「カレーうどん」、この時期やはり暖かいものが旨い。小生は季節のやりいかを薄味で煮て、炭火で焼いた一品を供するが、飲み屋で熱燗のつまみならともかく野外ではパンチが無い。

3時過ぎに冷たい風が吹いてきたら、皆に追い返されてしまった。「手術一寸前まであんなに元気だったのに・・・」と言われないように頑張ろう。
昨日「榊原記念病院入院係ですが、手術日がきまりました」という電話があった。
8日(火):外科外来受診後自己血400ml採取
11日(金):入院
15日(火):手術
早く決めて欲しいとは言ったものの、もう少し待たされるものと勝手に決め込んでいたので、なにか不意をつかれた感じでやや慌ててしまった。
それにしても自己血400mlで良いとはと驚かされた。一昔前なら子供達から親戚にまで声をかけるところだったに違いない。

今日は今回の騒ぎでキャンセルした北里大学病院の眼科を受診する。黄斑変性症の経過を見るためだが、自分では少し良いほうに向かっていると思っていたのだがどうもあまり良い状態では無いらしい。少し出血が見られるので、眼球に直接注射針を刺して網膜内の血管に薬を注入する治療をしたいという。
「実は大動脈を人工血管に取り替える手術をするので」と言うと、流石に驚いたようで「それなら仕方ないので待ちましょう。目のほうは万一のことがあっても左目の視力は良いようだし」と怖いことをいう。一先ず5月中旬に予約を入れておく。
担当はこれで三人目の若い女医さんで、「実は4月から外に出ることになったので、次回は別の医師になります。とにかく頑張ってください」と励まされた。今度も美人の女医さんが良いななどと・・・

帰ってから、車検の手配、歯医者の予約をした。あとは床屋に行くくらいか?
今日は昼直前に頚部のMRIを撮り、大動脈3分岐から脳への血管を撮影した。午後一で新たに患者が入るので病室の掃除をしたいと早めに病室を追い出されてしまった。まだ清算が出来ていないのでロビーで待つ。

これまでのところ手術が出来ないという結果は出ていないようだが、外科と相談して手術日を決めて連絡すると言われた。出来るだけ速やかに日にちを決めて欲しいと頼んで、弟に送られて帰宅。また待機の日が続くかとうんざりだ。少し慎重になりすぎているので明日から少し散歩でもしよう。
昨夜は9時消灯。さすがに眠れそうも無いので暫らくFMを聴いていた。国道20号沿いの5階だけあって多摩の山中の我が家よりノイズが少なく暫らくの間音楽を楽しんだ。10時頃寝ようとしたが、部屋の入り口の金属製の大きなスライドドアを閉めたら空調の音がこもって寝付けない。12時過ぎにようやく寝付いたが5時半頃目が覚める。6時起床、検温など。8時朝食はパン食であったが昨夕に続きこれも完食。

弟夫妻はこの病院の食事を酷評するが、市民病院入院後は家でもずっと減塩食を食べてきたのでまあこんなものだろうと思う。食塩を一日6グラムに抑えて、ある程度美味しいものを作るのは容易でない。 今日の朝食と昼食。

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