2011年5月アーカイブ

隣室のオーナーに電話をしてみたが、引き取る気持ちは全くなさそうである。困ったものだが仕方ないので先日会った大工の井上さんに修理の見積もりを依頼した。

概略の金額が出たので、その打ち合わせと後片付けのため5月29日(日)雨のなかを出かけた。途中PAで持参のおにぎりを食べ小休止、8時半頃(所要約3時間)で到着し約束の10時まで1階の必要なものを2階に上げたりと片付けに精を出す。

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最低限使えるようにする見積もりが上がってきていたが、折角直すならと1階の床は根太がダメなので全面的に張替え、ついでに流し、トイレ、洗面などの見積もりもして貰うことにした。
大体打ち合わせが済んだところで、「東京さ何人ですんでるけ?」「米は食うけ?」などという会話の後、何かの拍子にインターネットで井上さんの家がどこか分かったといったら「ちょっくら家にこいや」といって出て行ってしまった。分かったといってもGoogle Mapの航空写真でのこと、一寸不安だったが見当をつけていってみると作業場の前で待っていてくれた。
お茶とお菓子を馳走になり、ひとしきり材質などの打ち合わせをして帰ろうとしたら、手招きで誘導され物置の前に行くとなんと玄米30kgの袋を積んで行けと言う。もう少し経てば新米が取れるが放射能の問題があるので人様には差し上げられない。昨年少し多く取って置き過ぎたので食べてもらいたいと言われありがたく頂戴した。帰路妻と手付けを打つどころか米を貰って帰るとはとなんとなく愉快な気分になった。

余分な出費だが、思いもしなかった病気で今年スキーや海外旅行を取りやめた費用で賄えると考えれば、ここを持っているだけで少しはゆとりのある気分になるだけでも良いということにしよう。この季節、晴れれば写真のような新緑も楽しめるのでこれからはもう少し利用するようにしようと思いつつ、大雨をついて20:30頃帰宅。
退院後2ヶ月、3時間のドライブにも問題なく耐えられたことが嬉しい。

vDSC00335.JPG数日前に長さ10mm位の黒い糞がポツポツと落ちているのを発見した。不思議なことに齧られたあとやネズミの気配は全くない。台所の棚には乾物の入ったポリ袋が幾つもあるのに、唯一片栗粉の入ったポリ袋の端がすこし齧られていた(?)だけである。
どこからか出入りしているに違いないと戸棚の中の物を引っ張り出して調べたがそれらしき穴も無ければ、ネズミが潜んでいたような形跡は全く無い。お陰で部屋の中は被災地の避難所のようになってしまった。

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仕方ないのでそれ以来、粘着タイプのネズミ捕りを仕掛けて寝るのだが、翌朝起きてみると全く別のところに数粒の糞が見つかる。まったく癪に障るやつだ。

居間、食卓と台所以外からは見つからないので、この区画内のどこかに巣があるか、外から出入りできるところがあるはずだと探し回っているのだがどうしても見当たらない。
さてはヤモリの糞かと調べてみたが、ヤモリの糞は白い尿酸の結晶が入っているというし壁には着いていないのでやはりネズミのようだ。
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どなたか良い知恵をお貸しくだされ、お願いしまーす。

vDSC00303.JPG今回の地震で私の所有する那須の長屋周辺は震度6弱でかなりの数の家屋が倒壊した。気にはしていたのだが、なにせ手術後で見にも行けずにいた。管理をお願いしている芦野温泉から何の連絡も無いので、差し当たり建物には大きな被害はないものと多寡をくくっていた。 でも食器棚が倒れてたり、上のものが落ちたりしているのは間違いないと思っていた。
今日は息子が休めるというので、妻と三人で紙袋や掃除道具持参で朝早く出発した。

着いて見るとなんと外壁が剥がれ落ちているではないか! 中に入ってみるとまたびっくり、食器棚は倒れていなかったが、ガラス戸が外れ中の食器はほぼすべて床に散乱している。 一部の内壁も落ちていて、あちこちにひび割れが入っている。



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食器棚までは想定内だったが、こうも建物の被害が大きいとは思いもしなかった。






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こういうとき4軒長屋は始末が悪い。芦野温泉の部長に会い、このまま引き取らないかとお願いしてみたり、地元の工務店を紹介して貰ったりしたが、良い知恵が浮かばない。
以前隣室のオーナーが隣も欲しいと言っていたという話があったので、部長にはそちらへの連絡を頼み、崩落した外壁の周りをトラロープで囲んで帰宅することにした。

さあどうしよう? とうとう私も被災者に!


5月5日朝日新聞朝刊4面の元東電副社長、元参議院議員、現東電顧問の加納時男氏のインタービュー記事を読んで、怒りを通り越して気分が悪くなった。それから丸二日経った今も、我が国の原子力行政がこの程度の連中に牛耳られていたのかという情けない思いが益々強くなった。読んでいない方は「のらりくらりのマナビー http://wp.mfyk.net/suishin/」をどうぞ。

さぞや各方面から非難の声が上がるかと思いきや、あまりにも程度が低い議論のせいか、その後当の朝日も含めて何の反響も報道されていない。槍玉に挙げられた河野一郎参議院議員、後輩だからといわれた福島瑞穂社民党首も「大人の対応」とばかりか何もおっしゃりません。福島県知事さんもこれまでの原発誘致に気がとがめるのか何の反論も出来ないご様子です。

昨日管首相が浜岡原発の停止を要請し早速賛否両論が巻き起こっているようだが、こんな連中(自民党原発族、御用学者集団の原子力安全委員会、原子力安全・保安院など)が唱えてきた安全神話は全く信用できなくなった。
事故発生直後病院のベッドで考えていた事は、制御棒が入りさえすれば以後の発生熱量はシミュレーションできるで全冷却系が停止したときの挙動は推定可能であるから以降起こることは全て予見できた筈だということだ。多分「そんな事は起こる筈が無いのだから考える必要は無い」という恫喝に近い意見がまかり通って来たのだろう。

東電は参議院議員を辞めた加納時男を原発事故後のつい最近顧問にしたらしいが、一体どういうセンスなんだろう。元副社長、元国会議員の顧問料はいくらですか? 図々しくも賠償紛争審に要望書を提出した経営陣、年俸の50%カットでも平均2千万円はくだらない報酬と辞めれば莫大な退職慰労金、我々庶民と感覚が違いすぎますよ。
値上げ反対と叫んでも、不払いで止められても困るし、ナベツネの時と違って不買運動も出来ない情けなさ。
車の運転も問題ないようなので4月28日から榊原記念病院のリハビリテーション室に通うことにした。
身長、体重、血圧を測りアンケートに記入後看護師との面談があり、採血、心電図測定、X線検査を受けた後、リハビリテーション科の医師の診断を受ける。
その後20分ほどバイクをこぎ初回は終了。

5月2日(月)10:30受付で、準備運動->バイク30分->整理運動で終了。その後臨床心理士のカウンセリングがあった。2回目ということもあってバイクに乗っている間、心電計をつけ頻繁に血圧測定をする。手術を受けた病院なので何かのときはすぐに対応してもらえるのが安心だ。
入院中から面倒を見てくれた理学療法士の女性がついてくれるのも嬉しい。

5年前から大血管の手術後のリハも保険適用になったので1割負担なら1回当たり670円、スイマセン。

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