2012年3月アーカイブ

昨日は原発事故後1年、13年前の東海村JCO臨界事故の際に感じた「日本の技術力の地盤沈下」を改めて感じさせられた。
発生時に病院のベッドでまさかと思っていた安全対策の欠如が次々に明らかになるにつれ、これはどうしても人災としか言いようがないと思うようになった。その根源は原発建設に際しての原子力安全委員会がその設計指針に「全電源の喪失は考慮する必要がない」と記したことにあるのは明白である。

その後スリーマイル島の事故があり、アメリカ原子力規制委員会は今回の事故で一般人まで知ることになった「ベント」を設けることを決めた。日本は当初何ら改善すべき点は無いと言いながら、仕方ないのでアメリカに追従して形ばかりの「ベント]を取り付けたのである。「ベント」というのは放射性物質を大気に放出する訳だから、まさに最後の手であって当然その作動を自動化することは出来ない。自動化するとなれば、普通は安全サイドに設計するから作動用電源や空気圧が失われたときは開くようにしなければならない。
工場の現場を経験した人なら誰でも分かることだが、こんな設計をしたら数年に一回は誤作動が起きるのは間違いない。だから東電や安全・保安院は簡単には開かないようなものでも付けさえすればよいと考え、さらに実際にベントしたら水素が逆流して建屋内にこもってしまうようなおざなりな設計でお茶を濁した。
昔あるプラントを設計したとき、全電源が停止した際に反応器に反応停止剤を注入する装置を設けることになったが、やはり誤作動がいやで離れた安全な場所から手動で作動させるようにしたことを思い出した。原子炉建屋外で直接手動で作動させるようにしたり、ベントしたガス中の放射性物質を減らすなどの対策にはたいして金のかかる話ではない。特に東電は地元、政財界、学会に配った金すら電力料金に上乗せできるのだから、ほんのはした金に過ぎなかった筈である。

元を正せば原子力安全委員会の「全電源喪失は考える必要がない」という一言から始まった。そしてそれがおかしいと一人として指摘できなかったことに元技術屋の一人として日本の科学技術全般の技術沈下を深く憂うこのごろである。
vNEC_0139.jpg加齢黄斑変性症の3ヶ月点検に行くと朝9時というのに普段の倍くらいの患者で、廊下まで人で溢れている。いつもどおり視力検査、網膜の断層撮影をして医者の診断を受けたのは11時過ぎだから、さほど待たされたわけではないが、大学病院にこれだけの患者がいるというのもなにかおかしい。


DSC01294.JPG2月29日思いがけない大雪になった。明け方から本格的に降り出した雪は昼ごろ20cm近い積雪となった。湿った雪で午後から気温も上がったので家の前の道路の雪かきに一汗かいた。

28日は手術後1年目の検査を受けた。血液検査、X-線、心エコー、造影CT検査を終えて医師の説明を受けたが、「外科としては問題ありません」の一言で終了。現状の問診も無ければ、これからの生活指導も全くなし。内科的なことは紹介元の市民病院に聞けと言う。
3月2日は心肺機能検査。頑張って続けてきたリハビリの効果はと期待していたのだが、「これまで通りのリハを続けてください」で終わり。
帰宅してデータを眺めると確かに限界運動負荷量は上がっていないが、そのときの酸素摂取量は増えているし、最大酸素摂取量も増えていると自らを慰める。

一番知りたかったのは、これからどうすれば良いのかということなのだが結局答えは得られずじまいであった。今となっては検査データは市民病院より榊原の方が多いので、近所のかかりつけ医に相談して榊原の循環器内科に紹介状を書いてもらうしかないのだろうか。 医者としてお互いの面子を尊重する立場があろうから仕方ないのかも知れないが、患者からしてみるともう少し親身になってもらいたいものである。

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雪が解けて節分草が顔を出した。我が家に来て14年目、このところ花数も大きさも最盛期の半分位になってしまったが、何とか頑張っている。山野草は下手に肥料をあげられないので困る、小生も無理な運動は禁物か、でも負けずに頑張らなくては...

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