鎌倉歴史散歩 2015年5月

P10008515月25日(月) 今月もバスで鎌倉駅東口から材木座方面に向かう。日差しは強くないが風がなく蒸し暑い。

まずは九品寺へ。
ここは新田義貞が自らが滅ぼした北条氏の霊を祀るために建立したといわれる寺で、山門と本堂の扁額は文字は新田義貞が書いた文字の写しとか。

補陀洛寺(ふだらくじ、別名竜巻寺)
P1000854九品寺を出て南西に行ったところに補陀洛時がある。角に頼朝公御祈願所の石柱が立っているだけで山門も無く寺には見えないたたずまいである。
こじんまりした本堂本陣にはご本尊の十一面観音を始め所狭しと数多くの文化財が並べられている。

なかでも文治3年(1185)の壇ノ浦の戦いで敗れた平家の総大将平宗盛が掲げていた赤旗が印象に残る。源氏方の総大将は源義経、幼い安徳天皇の入水で終わる源平の戦いはこP1000872れまでは一つの物語に過ぎなかったが、にわかに眼前にビビッドに展開するまさに歴史ロマンを感じさせてもらった。

 

 

 

 

実相寺

実相寺
実相寺

補陀洛寺を出て見事な柴垣に沿って北に進みと実相寺がある。仇討ち物語で有名な曽我兄弟に討たれた工藤祐経の屋敷跡という。日本三大仇討ちに数えられるように単純な仇討ち物という認識だったが、実際はかなり複雑な人間関係があったようで、そもそもの発端は曽我兄弟の祖父の悪行にあったらしい。

 

五所神社
P1000879明治初年に二つの村が合併したとき、村内の五つの神社を三島社に合祀したもの。
こじんまりした境内にはいろいろな時代を思い起こされる庚申塔や、先月光明寺にあったと同じ弘長二年(1262)と刻まれた板碑があった。この神社にいるときに茨城県で震度5を観測した地震があった。屋外にいてたいした揺れは感じられなかったが、参加者の多くの携帯電話に一斉に緊急地震警報が入り大いに驚かされた。石段の隙間に咲く花を見つけスミレだと思って写真をとったが、調べて見ると図鑑には該当するものが無い。スミレの仲間は種類が多いが一体なんというはなだろう。

来迎寺
IMG_20150525_143902五所神社から少し歩くと三浦一族ゆかりの来迎寺がある。こじんまりした本堂だが、残念ながら今回は拝めなかったがご本尊の阿弥陀三尊像なかなか良い姿のもののようだ。

右手には2mほどの大きな2基の五輪塔が、裏手には家来の物といわれる小さな五輪塔が沢山置かれていた。

ここで本日の予定コースは終了解散となるが、例によって鎌倉までの道すがら向福寺、啓運寺、元鶴岡八幡宮、芥川龍之介旧居跡などの説明をしていただいた。

「大くに」
最後にこの先駅に行く途中に「大くに」という和菓子屋があり、安くて美味しいという説明を受け妻と探しながら歩いたが見つからないまま若宮大路に出てしまった。
妻は見逃したに違いないと不機嫌に、私は鎌倉から有楽町に出てスキー仲間とのシーズン終了反省会に行くので充分時間はあるのでもう一度戻ろうということにした。途中地元の人に聞きながら戻ってみたら大町四つ角に確かに店は有った。しかし無常にも毎週月曜日休業の札が下がっていた。

投稿者: yasu

今年6月で79歳、なにかにつけて80近いのだからと妥協してしまう今日この頃です。

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