鎌倉歴史散歩 6月

P10009046月22日(月) 梅雨の合間で日差しはさほど強くないが蒸し暑い日になった。折からの紫陽花シーズンで長谷寺方面はすごく混雑しているようだが、我々の目指す鎌倉最古の寺「杉本寺」方面はさほど人出は多くない。

さてまたまた「文覚上人」の登場! 1953年公開のイーストマン・カラーによる大映第一回総天然色映画「地獄門」はまさに上人の前半生を描いたものだという説明があった。残念ながら映画は見ていないが(当時は高1で、洋画のミュージカルものに嵌っていた)、原作菊池寛、長谷川一夫、京マチ子主演、衣笠貞之助脚色監督と懐かしい名前が挙った。
屋敷跡というが現地はこの石碑だけである。
それにしてもたった18歳で人妻に懸想、結果として人を殺し出家。神護寺再建の金集めで時の法皇の錨を買い伊豆に島流しにされそこで頼朝に出会い、平家打倒をそそのかし、怒りをかって島流しにされた当の法皇から平家追討の院宣を得てくるなど常人には考えられない行動力の持ち主だったようだ。

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頼朝建立の勝長寿院跡(これも今は石碑のみ)を通って釈迦堂の切通しへ。

残念ながら崩落が激しく現在は通行止めになっていた。

 

 

P1000917アナゴ料理で有名な左可井の前を通って鎌倉最古の寺「杉本寺」へ。仁王門の先の苔むした階段は通れない。左側の階段を上がり本堂へ。ご本尊の三体の十一面観音は格子の奥に安置されているので殆ど見えないが、頼朝が寄進したといわれる前立ち観音、以前の住職が造ったという木彫の新十一面観音は間近に拝顔出きる。住職が彫ったとは、果たして本当なのか、本当ならどのような修行をしたのか知りたいなどと考えた。

 

P1000922竹の報国寺へ。
山門というには小ぶりな門をくぐって進むと立派な本堂と茅葺の鐘楼が現れる。

奥の竹林はなかなか見事なものでところどころに石灯籠があるのをみて、我々の竹林にも一つ欲しいなどと考えていたら、講師の先生から竹の専門家として紹介されてしまっP1000925た。年甲斐も無くどぎまぎしてお粗末な話しか出来ず我ながら情けなかった。
それにしても我々の基準(傘をさして間を通れるくらい隙間をあけて間伐)からするとかなり密生しているのだが、太さがそろっていて真っ直ぐに伸びているのは見事だ。多分かなり肥料なども入れているのではないだろうか。

旧華頂宮邸は月火は休館日。先月のお菓子屋と言いどうも月曜組みは不利だが仕方ない。それにしても昭和初期の公爵様はこのような洋風建築を立てられる財力を持っていたのだなあ、その後随分貧富の差はなくなったが、また昨今拡大しているなどと余分な思いにとらわれていた。

足利氏の寺稲荷山浄妙寺
鎌倉五山-建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺-の一つに数えられている名刹で本堂の屋根の柔らかな形が新鮮に見える。
このあたりの地名は浄明寺町、別に間違えたわけでなく同じ名前は恐れ多いとわざわざ違う字を充てたという。

本日はここで解散。蒸し暑さのせいか今日はいつもより疲れた感じでおとなしくバスで鎌倉駅に戻り帰宅。

 

投稿者: yasu

今年6月で79歳、なにかにつけて80近いのだからと妥協してしまう今日この頃です。

「鎌倉歴史散歩 6月」への1件のフィードバック

  1. お疲れ様でした。突然「竹」のお話をお願いして本当に申し訳ありませんでした。事前にお願いしておくべきでした。お詫びいたします。俳句をなさるらしい女性が「『竹の秋』という言葉いいですね。今度使わせてもらいます。」とおっしゃっていました。「地獄門」の写真、いいですね!

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