オランダ・ベルギー旅行

7月2日(木)午後3時、KLM862便は無事アムステルダム・スキポール空港に到着した。出発前から知ってはいたがご他聞にもれず異常気象で北緯52度の北国というのに暑い。

今回は珍しくツアーに参加、ご一行様35名の大部隊である。ホテルは空港に近いNHスキポール、こちらは夜9時頃になってもまだ明るいので若いときならタクシーを飛ばしてでも市内観光に出かけたかも知れないがおとなしく部屋で持参の高清水を一杯やって休養をとる。

7月3日(金) クレラー・ミューラー美術館へ

10時開館の少し前に到着、ゴッホの森と呼ばれている広大な国立公園にある緑豊かな美術館だ。折からゴッホ没後125年の特別展示で何時もより多くのゴッホ作品が展示されていた。

正直言ってゴッホ大好きという訳ではないので当たっているかどうか分からないが、午後訪れたゴッホ美術館には収蔵数で負けてもこちらのほうが良い作品が多いのではないのだろうか。
ゴッホ以外にも名品が多く時間が足りないのが残念だった。

国立博物館(RIJKS MUSEUM)

アムステルダム市内に戻り運河沿いのレストランへ。クーラーがなくおまけに半地下で外気温は30度、加えてメニューが名物エルテンスープにビーフシチュー(米飯とさやインゲン付き)、本場のHeinekenがGooooood!

DSC06305食後運河を渡ると国立博物館。遅いエレベータを待たず階段を上がって真っ先に3階(2nd. FL)の夜警の部屋へ。思っていたよりずっと大きい絵で、流石のこの絵の前には人だかりが出来ていたが流れの中で絵の前にまったく人がいない時間もあり、現地ガイドの説明を聞きながらゆっくり鑑賞できた。

次の部屋にはお目当てのフェルメールが3点。DSC06306こちらは思っていたより小さな絵で団体客が来るとしばらくは前をふさがれるが、しばらく待てば間近に鑑賞出来るのは嬉しい。

これまで17世紀絵画は博物学的興味で見ていたのだが、現物を見て認識を改めさせられた。ガイドが説明するような枝葉末節は相変わらず興味はないが、レンブラントの自画像や息子のティトスの絵に現れた卓越した技法はまさに息を呑むような感じがして改めて画家レンブラントを感じることが出来た。

ゴッホ美術館

src_10859506国立美術館から少し歩いてゴッホ美術館に。ここは街中で入り口には長い行列が出来ていた。団体は時間で予約する制度になっているそうで、丁度予約時間に到着したので直ぐに入ることができた。こちらは撮影禁止。

ゴッホの弟テオとその妻が所有していた約200点の油絵、約500点の素描、浮世絵など数多くの作品を所蔵している世界最大のゴッホ・コレクションだが、朝からあまりにも多くの絵を見てきたせいかどうも印象に残る絵がない。ゴッホの寝室はもう一枚シカゴ美術館にあるそうだが、ゴッホ美術館のものは写真ではもう少し暗いものと思っていたが実物は意外に明るく見えた。

ホテルに帰って夕食。夕食前にバーで生ビール、今度はBrand、を頼み3.5ユーロだというので5ユーロ出したら、外国紙幣を集めているので日本円はないかという。1000円札を出して7ユーロ相当だと言ったら5ユーロよこしたのでこれでは貰いすぎだと、小銭を出してみせたら案の定穴の開いた50円が良いというので100円玉もつけた。団体旅行なのであまり目立つことは避けているがオランダの人たちは人懐こいし、第一英語が母国語ではないかというくらいきれいな英語をしゃべる。

7月4日(土) アムステルダム観光後ハーグ、ブリュッセルへ

当初の予定ではアントワープ観光後ブリュッセルの予定だったが、今日から始まるツール・ド・フランスの影響で大幅なスケジュール変更があった。まずはアントワープ中央駅近くの運河からクルーズ船に乗船。東京駅のモデルという中央駅の目の前に運河があって世界遺産「17世紀の運河地区」をめぐるクルーズもここから出発する。

小一時間のクルーズを終えダイヤモンド工房Gassanを見学後一路ハーグへ。

マウリッツハイス王立美術館へ

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デルフトの眺望

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ハーグ平和宮(国際司法裁判所)、国会議事堂のあるビネンホフを通ってマウリッツハイスへ。なにはともあれフェルメールの2点のある部屋へ急ぐ。
この旅を思いついたのもこの2点の実物を見たい一心からで、2日で4館の美術館を巡るという馬鹿げたスケジュールにも耐えて来た。こじんまりとした美術館だが他の作品はそこそこにして時間一杯この部屋で過ごした。
ところがなんとしたことか持参のカメラが死んでしまった。電池を換えてもうんともすんともいわない。あろう事かサブのカメラも荷物の中に入れてしまった。まあ写真を撮りにきたわけではないので雰囲気だけと携帯のカメラで撮影した。

ハーグから約180kmのドライブでブリュッセルに到着。グランブラスに面したレストランで夕食をとり空港近くのホテルへ。

7月5日(日) ブルージュへ

お目当ての真珠の耳飾りの少女にも会え、このたびも終わったような感もあるがそこはままならぬ団体旅行、朝8時に出発して元気にブルージュへ。

昼食にムール貝の塩茹でが出たが残念ながらこの時期のムールはまずい!午後はアントワープへ

ブリュッセルに戻りベルギー王立美術館へ。近代美術館も見たかったが残念ながら閉館時間が迫っていて時間がない。

再びグラン・プラスへ行くとなにか小さなボール(?)を投げあうゲームをしていた。しばらくの自由時間、小便小僧を見てベルギー名物チョコレートと思ったが高いし重いので止めた。夕食後ホテルに戻る。

7月6日(月) ゲント、フェルメールの出身地デルフトへ

ベルギー第3の都市ゲントは中世の面影を残す美しい街だった。聖バーフ大聖堂のファン・アイク兄弟作の祭壇画「神秘の子羊」は15世紀のもの。左右のアダムとイブが現在修復中でモノクロの写真が貼り付けてあった。

再びオランダへ国境を越え、風車で有名なキンデルダイクへ。昼食を食べ急いで風車群を見て駆け足でバスに戻る。

最後の観光地デルフトへ。デルフト焼きの工程を見学、最後はお決まりのショップを通るが本物はとても手が出ない。デルフト焼きらしい取っ手の付いたチーズ用のカンナを購入。

186c1280デルフト旧市街をほんの短時間散策し、広場の隅の土産物屋小さな蓋付きの容器で手書きの絵付けのものを見つけ購入。フェルメールの「デルフトの眺望」が書かれた場所はかなり遠いようで断念。

 

ロッテルダムの水辺のレストランで最後の夕食をとり、ホテルへ。デザートのワッフルにはがっかり。明日はもう帰国だ。

あとがき

5月頃だったろうかなぜかフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」の実物を見たくなりった。たまたま来た旅行社のパンフレットに「オランダ・ベルギー芸術紀行」というのを見つけ妻に相談したら7月始めの一週間なら都合がよいという返事だったので申し込んでしまった。生まれてこのかたこのような団体ツアーで行くのは2回目で、1回目のトルコ旅行の印象が悪すぎるだけにやはり個人旅行に切り替えようか、でも相当行程を絞らないと1週間では無理などとぐずぐずしているうちにキャンセルの期限も過ぎてしまった。

申し込みの出発日以外が続々と催行中止になっているので大した人数は集まらないだろうと多寡をくくっていたらなんと35名!にはびっくりした。旅行社としてもチューリップシーズン以外のオランダは始めての企画だったらしくベテランの添乗員、ベテランの現地ガイドをつけたようで旅自体はさしたるトラブルもなかったが、なんといっても過密日程だった。今回は兎に角マウリッツハイスでフェルメールの2点を見るだけで良いと思って出かけたので精神的には楽だった。
毎日上げ膳据え膳で楽なものだが、でもやはり旅の醍醐味はないなと贅沢なことを考えている。

年とともに根気が続かない。帰国後2週間を過ぎ、ようやく旅行記をアップ出来た。

投稿者: yasu

今年6月で79歳、なにかにつけて80近いのだからと妥協してしまう今日この頃です。

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