東日本大震災5年

2011年3月11日(金) 60mmほどに膨れ上がった解離性大動脈瘤の手術の為、府中の榊原記念病院に入院直後大きな揺れに襲われた。免震構造の4階建ての病院は剛性が高いだけにまるで遊園地のティーカップのように揺れ動いた。

ベッドの上で惨状を伝えるTVを為すすべもなくみつめるばかりだったが、家族の事も気になる。妻は息子に送られて帰ったが、孫2人はどうしているのか、2人を残して勤めに出ている娘夫婦はどうしているか、携帯電話がつながらないのでどうにも連絡のしようがない。唯一病室のフロアにある公衆電話が頼りの綱だが、まれにつながる携帯との通話や固定電話でどうやら全員の安否がつかめたのは夜9時を回っていた。

あれから5年、あちこち問題を抱えながら「生きている間は元気で人生を楽しみたい」とそれまでと変わらない生活を続けているが、復興のほうは遅々として進んでいない。昨日高浜原発の運転が差し止めになったが、福島の原因究明が無いまま再稼働に走る政治家連中には背筋が寒い思いを禁じ得ない。

投稿者: yasu

今年6月で79歳、なにかにつけて80近いのだからと妥協してしまう今日この頃です。

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