6月でブログを閉鎖します。

昨年6月の網膜剥離手術で右眼失明は避けられたものの黄斑変性症が一段と進行してしまった。視野中心部が欠落したり歪んでいたりで視力は0.1以下になってしまった。幸い左目の視力は1.2あるので日常生活には差し支えないが、長時間パソコンを使ったり新聞を読んだりすると異常に目が疲れるようになった。

こんなブログでも更新しないと「また入院でもしたか?」とか「とうとう…?」と思われる方もいて心配になって電話を頂戴することがある。私もこの6月で満80歳、サーバーとして使っているパソコンもマザーボードを変更して7年、ハードディスク交換後5年その間全くノーメンテナンス。飼い主ともどもいつ壊れてもおかしくない。

突然接続が出来なくなるとますますご心配をおかけしそうなので今年6月9日満80歳の誕生日をもってこのサイトを閉鎖することにします。滅多に更新しないブログを時々覗いてくださった方に厚くお礼を申し上げます。

閉鎖するとなると書きたいことが沢山でてきたがこの辺で目がしょぼしょぼしてきました。

明けましておめでとうございます

松もとれた8日、遅まきながら明けましておめでとうございます。

今年は70歳台最後の新年だったのですが、大変冴えない年末年始になりました。

12月23日、24日と妻方の本家筋で大きな葬式があり参列させられました。
何しろ親族席に100名近く座っていて顔を知っているのは数名という最悪な状態でした。
斎場に行ってその足で納骨、一旦墓地の敷地の外側で塩と鰹節で身を清めて35日のお参り。 その後お清めの席へという不思議なやり方です。 車で行ったので酒も飲めずくたびれ果てて24日夜帰宅した。

25日向いの老夫婦の甥の奥さんの訪問を受け、向いの奥さんが24日に肺炎で急遽入院したという。 子供はなく旦那は認知症という最悪なケース。
新聞を断ったり年末の届け物の受け取りやら予定が立たない雑事が増えて落ち着かない。

そうこうしていると28日に息子の義父が急逝したという連絡が入る。新年はいつもの通り夫婦二人で迎えたが3日に通夜、4日告別式とあって何ちなく落ち着かない。

なにはともあれ今年は夫婦揃って80歳に、なんとか元気に過ごしたい。

 

初滑り顛末記

12月11日 今シーズンの足慣らしに星野リゾート・トマムへ総勢8名。
朝8時30分発JAL505便はほぼ定刻に羽田空港を出発し、約2時間30分のフライトの末再び羽田空港に着陸した。

さてどうしようかと、普通はこれで解散、残念となるのだがこのパーティーはそうは行かない。なんとか今晩中にたどり着ければと約300人ほどのキャンセル待ちに加わる。 JALのマイレージのステータスがダイアモンドのHさんは一番に優先搭乗できるので、なんとかその威力のおすそ分けをと願ったものの叶わず。

The TowerII の客室から
The TowerII の客室から

Hさん所有のファーストクラスへのアップグレード券2枚、Sさん所有のClass-Jアップグレード券4枚を使わせてもらってなんとか新千歳空港についたのは既に20時を回っていた。
前日からの大雪でJRも動かず前夜も1000人からの人が空港で夜を明かしたと

雪質は最高
雪質は最高

いうところに、いい歳をした連中が8人もまあなんとかなるだろうとやって来て、まず向かったのが酒屋、いつもの北の誉のカップ酒を買って一安心というのだから我ながらどうかしている。でも到着が遅くなれば食うものがないとしっかり弁当を買い込んだところは流石。

dsc00860星野リゾート・トマムまでのスキーバスはもはや運行終了。 唯一今晩中に着く方法はタクシーだが周辺のタクシーはすべて出払っていて、予約客を待っている運ちゃんに聞いても会社に電話しても剣もほろろ取り付く島もない。
ここにきてさすがのスキー狂連ももしかしたらたどり着けないのではと心配になったところに一台のタクシーが。

運ちゃん「どこいくだ?」、我々「トマム」、一瞬間があって「高速が通っていれば行ってもいいが」、「もう一台要るんだけど」、「一寸待ってくれれば呼んでみるが」
途端に運ちゃんの顔が神様に見えて来た。15分ほど待ってもう一台到着、夜10時半頃星野リゾート・トマム ザ・タワーに到着。名前も忘れたが運転手さん「ゆたか交通」さん有り難う。

雪不足は覚悟の上だったが、ゲレンデには修学旅行の高校生以外はチラホラ。宿に帰ると中国人ばかり。ホテルのフロント、ベルボーイも殆どが中国系。英語を話しているのはシンガポールあたりからきたのか。日本人、欧米人は数組。
星野リゾートという名前に釣られて来た我々が甘かった。
大風呂もバスで行かなければならず、どうせ中国人のマナーの悪さに辟易するからと決めつけて部屋のユニットバスで我慢。

ご一行様ご到着!
ご一行様ご到着!

以前富良野への道すがらトマムスキー場を望見し、一度来てみたかったが、中国語のシャワーは落ち着かない。
帰り際にロビーでバスを待っているとバス数台が到着、写真のような状態に。

おまけに帰りの便も欠航だとメールが入る。早速ダイアモンド・ステータスの威を借りて我らが名幹事が交渉。なんと一本前の便で予定より早く羽田に帰着。お疲れさまでした。

 

BSアンテナ

hatsuyuki
24日朝7時

11月24日、明け方から昼始めた雪は東京地方では観測史上初の積雪となった。我が家の庭では3㎝程の積雪となった。

朝起きて世の中の様子を見ようとテレビをつけたのだがBS放送が映らない。アンテナの設置してあるベランダは西南を向いていhatsuyuki2て遮るものはない絶好のロケーションであるにも関わらず以前から信号が弱く時々ブロックノイズが入る。
大雨や雪の時は映らないことが多い。 まあ皆さんこんなものかと思っていたのだが、昨年雪の時に我が家のアンテナは周りのアンテナに比べて随分上を向いていることに気が付いた。
調べてみるとBSの衛星は東京地方では仰角38度程度の上空にあるので我が家のアンテナの向きが正しい筈なのだが、ご近所のアンテナはどう見ても15度程度しか上を向いていない。よく見ると我が家のアンテナは信号を集める部分が中心に付いているがよそ様のは少し下の方についている。
ネットで調べると我が家のはセンターフィード型、ご近所のはオフセットフィード型というものらしい。

センターフィード型は上を向いているので雪が積もりやすく、今回も雪の降る中やかんで水をかけにベランダに出る羽目になった。この冬は寒いと言われているので度々やらされてもかなわないし、アンテナも10年以上は立っているので経年劣化で性能も落ちているだろうと取り付け金具、15mの同軸ケーブル付きで4,980円のものを購入した。

dsc02754
パラボラは丸いものという先入観があったが実はかなり長い楕円だ

梱包を解いてパラボラが縦方向に長い楕円形であることに気が付いた。アンテナが電波の入射角より下を向いているので当たり前と言えば当たり前だが目から鱗と言った感がした。取り付け自体は簡単で妻にテレビの電波強度の数字を読み上げてもらいながら微調整したら、これまで強度が27-30だったものが最大の36になった。

 

 

これなら雪は積もらない?下はこれまでのアンテナ
これなら雪は積もらない?下はこれまでのアンテナ

電波強度が上がったと言っても特段画面がきれいになるわけではないが、これまでより雷雨や降雪に強くなっていると期待できそうだ。

 

万願寺唐辛子の葉

一時1個90円くらいまで上がった玉ネギがようやく50円くらいで手に入るようになったが、野菜特に葉物はびっくりするような値段がついていて買う気がしない。

img_20161018_101010ビタミンCの補給はもっぱら冷凍保存のゴーヤーとモロヘイヤ頼りだが、そろそろ底をついて来た。庭を見ると背丈ほどに伸びた万願寺唐辛子がそろそろ終わりになるので、葉を茹でて食してみた。普通の葉唐辛子に比べるとやや風味には欠けるが、佃煮風にしなくても何とか食えそうだ。
今日はすべての実を収穫し葉は茹でて冷凍庫へ。

 

img_20161018_101034

img_20161018_112525

 

病院のはしご

このところ病院のはしごが続いて気が滅入る。
9月末から2年半前の大腸がんの転移再発を調べるための一連の検査があった。 加えて網膜剥離手術後の経過観察や声帯の経過観察が重なり、その上に9月中旬から足の甲が腫れて歩行が不自由になったてしまった。

足の甲が腫れ内出血でどす黒くなってきたので、何はともあれいつもの整形外科・皮膚科の医院を訪ねたら
医者:「どこかにぶつけたんだろう?虫に刺されたって内出血はしないよ」
私: 「ぶつけた覚えはないんですが」
医者:(この爺さん少し呆けてるんじゃないのてな顔で)
「まあ湿布を出して置くから様子を見なさい」
仕方ないので湿布をして安静にしていたのだが一向に腫れが引いてこない。

連休明けに昭和大学の大腸の内視鏡検査で看護師に足を見せたら「すぐに皮膚科にいきなさい。蜂窩織炎にでもなったら大変!」 検査技師にも蜂窩織炎はショック死を起こすと脅かされた。

大腸の検査を終えて最初に行った整形外科・皮膚科医院へ。
医者: 「なにいまだ5日だろ、内出血なんてまだひかないよ!」と赤外線の温熱療法を指示。
私:「…」 (まだ腫れたところが熱い感じがするのに、ろくに見もしないで温めるなんてもうこの医院には来ないぞ)とそっと足をずらして逃げ帰る。

翌々日、今度は胃の内視鏡検査で再び昭和大学へ。消化器センターに行く前に事情を話して皮膚科の予約をいれ検査終了後診察をうける。

皮膚科の女医さん:一目見るなり 「これは皮膚科じゃないわね」と
暫く待って循環器センターで血液検査と下肢静脈のエコー検査を指示される。しかしはっきりした所見もなく再び皮膚科へ。
「炎症反応の数値も低いので少し様子を見てください。冷やして軽く弾性包帯を蒔いておくように」

img_20161003_1000331週間後(腫れ出してから2週間)再び皮膚科に。「内出血は収まってきているので、今度は抗生剤を5日分出すのでまた見せてください」

5日後「腫れはひいてきているので、今度はステロイド軟こうと消炎剤を処方される。

一週間後「大分良くなってきているのでこれを続けましょう。経過からすると皮膚の下の脂肪層に炎症が起きた脂肪織炎の一種と考えられる」とのご託宣だった。

要するに原因はよくわからないが対症療法で効果が出ているので良しとしましょうということらしい。

足が腫れ出してから一ヶ月、運動不足で体が重いし気も重い。

(網膜剥離の手術後PCに向かうとすごく目が疲れるようになり、ブログの更新もついおろそかになっています。さてはまた入院したかとご心配をお掛けしているようなので、簡単な記事でも書こうと思いつつ…すいません)

 

ネズミ追い出し 超音波は有効か?

img_20160919_1040579月14日(水)、前日に引き続きハツカネズミ2匹捕獲。

併せて3匹だがこれで全部とは思えないし、その後も壁の中でネズミの気配がする。 一体どこから出入りしているのか未だに見当がつかない。 ネズミの排せつ物などが光って見えるというブラックライトを買ってみたが見えたのはガス台付近の油汚れだけだ。

兎に角放置してそれこそネズミ算的に増えては困るのでなんとか追い出したい。 以前ハッカの匂いのする忌避剤を壁に穴をあけてスプレーしてみたが効果はなかった。超音波の効果はやや眉唾ものだが、ネットで調べてみるといなくなったという報告もある。 この際藁にもすがる思いで「ネズミの引っ越しDX」(写真)というのを購入して天井裏に設置することにした。

ところが先日捕まえた蜘蛛のたたりかどこにもぶつけた覚えもないのに右足甲から内出血があり、パンパンに晴れて痛くて動きが取れず天井裏に設置する元気も出ない。試運転も兼ねて居間の天井に向けて置いたままだが、今のところごそごそはしていない。

猫の鳴き声(録音)でネズミ駆除?

またまた2か月更新をサボってしまった。
右目は相変わらず視野の中心から上が歪んでいる上にむら雲が掛かったような状態だが、大きなものは見えるので日常生活に大きな支障がないのは有難い。しかし右眼からの歪んだ画像情報を脳がどのように処理するか迷っているようで、先日テニスをしてみたらどこか次元の異なるところから突然ボールが現れるような感じで空振りをしたりでゲームにならず仲間には大変迷惑をかけてしまった。もう少しトライしてみて慣れてこないようならテニスはあきらめるしかなさそうだ。

ところで、最近また壁の中でゴソゴソ動いている音がする。何者なのか首をかしげているうちに台所に置いた乾うどんの袋が齧られて穴があいているのを発見した。その後だんだんエスカレートしてごみを入れたポリ袋、食塩の袋、電気釜の上にかけてあったカバーの布などが齧られ、壁と天井のゴソゴソ音も昼間から聞こえるようになってきた。
不思議なことに食べた形跡はないしネズミの糞も見つからない。籠式と粘着式のネズミ捕りを置いたり毒餌を置いてみたが全く効果がない。

いよいよ壁と天井をはぐらなければならないかと思い始めたが、何はともあれ食い物はすべて瓶か箱に入れて食料攻めをした上で天井裏にネズミの忌避剤でも撒こうと考えた。忌避剤をいろいろネットで調べたがあまり効果がありそうなものがない。超音波の発生器が効果があったというブログもあったが、やや眉唾もののような気がする。やはり猫を飼うのが良いという書き込みをみてふとそれなら鳴き声を流したらどうかと思いついた。ネットで猫の唸り声や怒った時の鳴き声などを集めてラジオから繰り返し流してみた。
それから3日、壁の中のゴソゴソ音は聞こえず、気のせいか気配も感じられなくなった。妻などはまさかそんなものでと信じていないが果たして効果があったのだろうか?それにしてもどこから出入りしているのだろう?

そろそろ冬のスキーに向けて少しは運動をと思いつつ8月はオリンピック観戦にうつつをぬかし、その後は原因不明の右足くるぶしの腫れを理由にずぼらを決め込んでいる。

硝子体手術経過

6月13日に受けた手術から昨日で一ヶ月が経過した。検査の結果剥離した網膜は無事張り付いたようだ。視界の中心と上方は黄斑変性症でむら雲がかかったような状態で視力は0.1程度しか出ないが、視界下方がクリアになったので歩行や車の運転が随分楽になった。もしかしたらテニスも少しは楽しめるようになったのではないかと期待が膨らませている。

眼球内に入れたガスは普通1-2週間で抜けると言われていたのだが、小生の場合、丁度3週間目の7月4日の朝、泡が仁丹の粒くらいになったので久しぶりに竹藪の整備をしている仲間に会いに出かけた。ずうずうしく作業もせずに昼のソーメンを馳走になっているときふと気が付くと泡がなくなっていた。仲間にも「泡が消えた!」と叫び、兎にも角にも今日から晴れて上を向いて寝られるのが無性に嬉しかった。

昨年8月の黄斑変性部からの大きな出血で混濁していた硝子体を網膜剥離回復のために抜いたので下方視界が広がったとすれば、良いタイミングで剥離が見つかってラッキーだったのかもしれない。大動脈解離、大腸がんに引き続き大事に至る前に発見できたのはもう少し人生を楽しめという神の配剤かと、リハビリに努めよう。