日々是好日は嘘の最近のブログ記事

4月29日 普段花見には無縁な我々だが、那須の長屋の風通しと放射線量を測りに出かけたついでに出を覚悟で三春の滝桜を見に行った。
連休2日目の日曜日、滝桜は満開とくれば大混雑は予想できたものの6時少し過ぎにつけば問題なかろうと那須を5時に出発した。予定通り6時ころ郡山から磐越自動車道へ、しばらくすると「船引三春IC混雑」とのサインが目に入った。それではと手前の郡山東ICで降りさくら湖の南を回って行くルートをとる。
6時15分頃滝桜まであと2.5kmの地点から渋滞が始まってしまった。
途中仮設トイレの駐車場や路肩に車を入れて歩いて行くチャンスもあったが、どうもいつものように優柔不断でずるずると流されて行き、どうやら駐車場にたどり着いたのは7時50分頃になってしまった。
「観桜料」300円だが、駐車場は無料なので腹も立たない。

DSC01795.jpg
DSC01787.jpg
さすが樹齢推定1000年以上と言われるだけあって迫力がある。

付近にも多くの見事な桜があり、右は渋滞した車の窓から撮影した一枚。

DSC01804.jpg
DSC01802.jpg
滝桜を上から見たところ。「紅しだれ」以外の桜もとりどりに咲いている。

遠くに残雪の安達太良が見える。



滝桜を見た後はさくら湖畔の桜の公園を散策し、その後三春町の郷土人形館、歴史民族資料館などを訪れた。このあたりの線量は0.2-0.25マイクロシーベルト/時という、新緑に映える満開の桜、遠くに残雪をいただいた山並み町、こんな自然に恵まれた国に人が住めない土地があり、たとえ問題がない線量とは言え、なんとなく喉に骨が刺さったような気持ちで過ごさなければならないとは本当に情けない。役場前で原発廃止の請願に署名し、昼食後一旦那須に戻り少し休んで帰宅。

昨日は原発事故後1年、13年前の東海村JCO臨界事故の際に感じた「日本の技術力の地盤沈下」を改めて感じさせられた。
発生時に病院のベッドでまさかと思っていた安全対策の欠如が次々に明らかになるにつれ、これはどうしても人災としか言いようがないと思うようになった。その根源は原発建設に際しての原子力安全委員会がその設計指針に「全電源の喪失は考慮する必要がない」と記したことにあるのは明白である。

その後スリーマイル島の事故があり、アメリカ原子力規制委員会は今回の事故で一般人まで知ることになった「ベント」を設けることを決めた。日本は当初何ら改善すべき点は無いと言いながら、仕方ないのでアメリカに追従して形ばかりの「ベント]を取り付けたのである。「ベント」というのは放射性物質を大気に放出する訳だから、まさに最後の手であって当然その作動を自動化することは出来ない。自動化するとなれば、普通は安全サイドに設計するから作動用電源や空気圧が失われたときは開くようにしなければならない。
工場の現場を経験した人なら誰でも分かることだが、こんな設計をしたら数年に一回は誤作動が起きるのは間違いない。だから東電や安全・保安院は簡単には開かないようなものでも付けさえすればよいと考え、さらに実際にベントしたら水素が逆流して建屋内にこもってしまうようなおざなりな設計でお茶を濁した。
昔あるプラントを設計したとき、全電源が停止した際に反応器に反応停止剤を注入する装置を設けることになったが、やはり誤作動がいやで離れた安全な場所から手動で作動させるようにしたことを思い出した。原子炉建屋外で直接手動で作動させるようにしたり、ベントしたガス中の放射性物質を減らすなどの対策にはたいして金のかかる話ではない。特に東電は地元、政財界、学会に配った金すら電力料金に上乗せできるのだから、ほんのはした金に過ぎなかった筈である。

元を正せば原子力安全委員会の「全電源喪失は考える必要がない」という一言から始まった。そしてそれがおかしいと一人として指摘できなかったことに元技術屋の一人として日本の科学技術全般の技術沈下を深く憂うこのごろである。
いったいどんな調査をしたのか、65%が賛成なんて絶対に信用できない。腹が立ってこれ以上書くことも思いつかない!!!
今日プロゴルファー杉原輝雄氏が亡くなった。氏は私と数日違いの生まれのこともあって、肉体的には決して恵まれていないのにプロとして活躍してきた努力に頭の下がる思いだった。
プロとして限りある時間を無駄にしたくないからと前立腺がんの外科治療を忌避した判断に悔いはなかったのだと信じたいが、今の私にはやはり生きていて欲しかったという思いが強い。
だんだん同年輩の死がこたえるようになってきた。ただご冥福を祈るのみ。
7月初め、沖縄の知人に美味しい桃を送ろうとネットで調べたらJA紀の里の嶺鳳という品種が7月22日頃から発送になるというので注文した。どんなものが送られたのか知っておくのも礼儀と同じものを自宅にも届けてもらうことにした。その後生育が遅れ気味との連絡があり、26日に我が家に到着。

vDSC00432.JPG
箱を開けてみるとサイズも色も見事なばかりで、すぐにでも味わいたいのをグッと我慢して注意書き通りに食べごろを待つ。29日、もう良いだろうと久しぶりに美味しい桃を食べようとしたのだが、皮が剥けない。仕方ないので包丁で剥き出して驚いた、まるで桃とは思えない、なにか大根を剥いているようだ。もちろん食べてみても旨かろう筈はない。

もう少し置いて見ようと更に2日置いて食べたが同じなので、流石に頭にきてJA-タウンのカスタマーサービスに連絡をいれる。折り返しJA紀の里から電話させるという。確かに電話は来たが、そもそも硬い品種だからとか何とか言って全く誠意が無い。私自身は声が出ないので妻に応対させたのだが、これ以上文句を言うといちゃもんをつけているような気分にさせられ、「もう良いです」と電話を切る。

ネット販売は顔が見えないのでこんなときに困るが、かといって美味しいものを手に入れるには使わざるをえない。今回は相手がJAだと安心していたのがまずかった。旨いものを食い損なった怒りいまだ収まらず、今日再度メールでクレーム。
7月13日北里大学病院眼科へ先日の網膜造影検査の結果を聞きに行く。2年ほど前から始まった網膜内の血管へ直接薬物を注入する療法が摘要かどうか聞くためだったのだが、現在問題の箇所が網膜中心(黄班部)から少し離れているので、万一出血などが起きても致命的では無いからと結局は経過を見ていくこととなる。もうかれこれ8年も経過を見るだけで何も治療をしていない。
中心部が歪んで見えたり、物が小さく見えたりするのは黄班の一部が変形しているせいでこれは治療の方法が無いらしい。残念ながら飛んでくるテニスボールが良く見えるようにするのは諦めろということらしい。

大動脈手術後4ヶ月が経過したが反回神経麻痺により声が出ない症状は一向に改善されない。6ヶ月位までに突然正常な声になることもあるらしいが、私の場合は左側の声帯が完全に開いた位置で固まったままなので右側の声帯がカバーできるようにはならない可能性が高そうだ。
しわがれ声で何とか用事は足せるが、このままでは海外に行ったときなどに意志を伝えられるか自信がない。そろそろ専門医の診断を受けるかなどと考える此の頃である。
隣室のオーナーに電話をしてみたが、引き取る気持ちは全くなさそうである。困ったものだが仕方ないので先日会った大工の井上さんに修理の見積もりを依頼した。

概略の金額が出たので、その打ち合わせと後片付けのため5月29日(日)雨のなかを出かけた。途中PAで持参のおにぎりを食べ小休止、8時半頃(所要約3時間)で到着し約束の10時まで1階の必要なものを2階に上げたりと片付けに精を出す。

nasu-shinryoku.JPG
最低限使えるようにする見積もりが上がってきていたが、折角直すならと1階の床は根太がダメなので全面的に張替え、ついでに流し、トイレ、洗面などの見積もりもして貰うことにした。
大体打ち合わせが済んだところで、「東京さ何人ですんでるけ?」「米は食うけ?」などという会話の後、何かの拍子にインターネットで井上さんの家がどこか分かったといったら「ちょっくら家にこいや」といって出て行ってしまった。分かったといってもGoogle Mapの航空写真でのこと、一寸不安だったが見当をつけていってみると作業場の前で待っていてくれた。
お茶とお菓子を馳走になり、ひとしきり材質などの打ち合わせをして帰ろうとしたら、手招きで誘導され物置の前に行くとなんと玄米30kgの袋を積んで行けと言う。もう少し経てば新米が取れるが放射能の問題があるので人様には差し上げられない。昨年少し多く取って置き過ぎたので食べてもらいたいと言われありがたく頂戴した。帰路妻と手付けを打つどころか米を貰って帰るとはとなんとなく愉快な気分になった。

余分な出費だが、思いもしなかった病気で今年スキーや海外旅行を取りやめた費用で賄えると考えれば、ここを持っているだけで少しはゆとりのある気分になるだけでも良いということにしよう。この季節、晴れれば写真のような新緑も楽しめるのでこれからはもう少し利用するようにしようと思いつつ、大雨をついて20:30頃帰宅。
退院後2ヶ月、3時間のドライブにも問題なく耐えられたことが嬉しい。

vDSC00335.JPG数日前に長さ10mm位の黒い糞がポツポツと落ちているのを発見した。不思議なことに齧られたあとやネズミの気配は全くない。台所の棚には乾物の入ったポリ袋が幾つもあるのに、唯一片栗粉の入ったポリ袋の端がすこし齧られていた(?)だけである。
どこからか出入りしているに違いないと戸棚の中の物を引っ張り出して調べたがそれらしき穴も無ければ、ネズミが潜んでいたような形跡は全く無い。お陰で部屋の中は被災地の避難所のようになってしまった。

vDSC00329.JPG
仕方ないのでそれ以来、粘着タイプのネズミ捕りを仕掛けて寝るのだが、翌朝起きてみると全く別のところに数粒の糞が見つかる。まったく癪に障るやつだ。

居間、食卓と台所以外からは見つからないので、この区画内のどこかに巣があるか、外から出入りできるところがあるはずだと探し回っているのだがどうしても見当たらない。
さてはヤモリの糞かと調べてみたが、ヤモリの糞は白い尿酸の結晶が入っているというし壁には着いていないのでやはりネズミのようだ。
vDSC00333.JPG
どなたか良い知恵をお貸しくだされ、お願いしまーす。

vDSC00303.JPG今回の地震で私の所有する那須の長屋周辺は震度6弱でかなりの数の家屋が倒壊した。気にはしていたのだが、なにせ手術後で見にも行けずにいた。管理をお願いしている芦野温泉から何の連絡も無いので、差し当たり建物には大きな被害はないものと多寡をくくっていた。 でも食器棚が倒れてたり、上のものが落ちたりしているのは間違いないと思っていた。
今日は息子が休めるというので、妻と三人で紙袋や掃除道具持参で朝早く出発した。

着いて見るとなんと外壁が剥がれ落ちているではないか! 中に入ってみるとまたびっくり、食器棚は倒れていなかったが、ガラス戸が外れ中の食器はほぼすべて床に散乱している。 一部の内壁も落ちていて、あちこちにひび割れが入っている。



vDSC00302.JPG
食器棚までは想定内だったが、こうも建物の被害が大きいとは思いもしなかった。






vDSC00312.JPG
こういうとき4軒長屋は始末が悪い。芦野温泉の部長に会い、このまま引き取らないかとお願いしてみたり、地元の工務店を紹介して貰ったりしたが、良い知恵が浮かばない。
以前隣室のオーナーが隣も欲しいと言っていたという話があったので、部長にはそちらへの連絡を頼み、崩落した外壁の周りをトラロープで囲んで帰宅することにした。

さあどうしよう? とうとう私も被災者に!


5月5日朝日新聞朝刊4面の元東電副社長、元参議院議員、現東電顧問の加納時男氏のインタービュー記事を読んで、怒りを通り越して気分が悪くなった。それから丸二日経った今も、我が国の原子力行政がこの程度の連中に牛耳られていたのかという情けない思いが益々強くなった。読んでいない方は「のらりくらりのマナビー http://wp.mfyk.net/suishin/」をどうぞ。

さぞや各方面から非難の声が上がるかと思いきや、あまりにも程度が低い議論のせいか、その後当の朝日も含めて何の反響も報道されていない。槍玉に挙げられた河野一郎参議院議員、後輩だからといわれた福島瑞穂社民党首も「大人の対応」とばかりか何もおっしゃりません。福島県知事さんもこれまでの原発誘致に気がとがめるのか何の反論も出来ないご様子です。

昨日管首相が浜岡原発の停止を要請し早速賛否両論が巻き起こっているようだが、こんな連中(自民党原発族、御用学者集団の原子力安全委員会、原子力安全・保安院など)が唱えてきた安全神話は全く信用できなくなった。
事故発生直後病院のベッドで考えていた事は、制御棒が入りさえすれば以後の発生熱量はシミュレーションできるで全冷却系が停止したときの挙動は推定可能であるから以降起こることは全て予見できた筈だということだ。多分「そんな事は起こる筈が無いのだから考える必要は無い」という恫喝に近い意見がまかり通って来たのだろう。

東電は参議院議員を辞めた加納時男を原発事故後のつい最近顧問にしたらしいが、一体どういうセンスなんだろう。元副社長、元国会議員の顧問料はいくらですか? 図々しくも賠償紛争審に要望書を提出した経営陣、年俸の50%カットでも平均2千万円はくだらない報酬と辞めれば莫大な退職慰労金、我々庶民と感覚が違いすぎますよ。
値上げ反対と叫んでも、不払いで止められても困るし、ナベツネの時と違って不買運動も出来ない情けなさ。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち日々是好日は嘘カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは日々是好日です。

次のカテゴリはです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。