の最近のブログ記事

vDSC01175.JPG全く先が読めなかった昨年に比べ、穏やかな気分で新年を迎えることが出来ました。
一方人生残りの時間が少ないのを実感させられた一年ではありました。






vDSC01179.JPG
塩分とカロリーを気にしたせいか、妻は出来は最低というがいつものようなお節で新年を迎えることが出来た。新巻鮭の酢漬けがないのは寂しいが、叩きごぼう、菊花かぶ、コハダ粟漬け、七目なます、ごまめ、松風焼き、昆布巻き、松前漬け、黒豆、白豆、かまぼこ、炒りとり、八つ頭、数の子、雑煮で新年を祝った。
今年こそあまり腹を立てないように過ごしたいと思ったのもつかの間、朝日新聞の一面「原子力安全委員に8,500万円が原子力業界から渡った」という記事を読んで即頭に来た。まだまだ修行が足りない。
今日プロゴルファー杉原輝雄氏が亡くなった。氏は私と数日違いの生まれのこともあって、肉体的には決して恵まれていないのにプロとして活躍してきた努力に頭の下がる思いだった。
プロとして限りある時間を無駄にしたくないからと前立腺がんの外科治療を忌避した判断に悔いはなかったのだと信じたいが、今の私にはやはり生きていて欲しかったという思いが強い。
だんだん同年輩の死がこたえるようになってきた。ただご冥福を祈るのみ。
昨年の今日12月17日、CT検査が終わった途端に救急外来に回され即ストレッチャーに乗せられてHCU(High Care Unit)に連れて行かれ、用足しは尿瓶と差し込み便器という絶対安静を命じられた。
まさに驚天動地とはこのことかという事態だが、ベッドの上で先ず考えたのは妻にどう言ったらショックが少ないか、1月のアメリカスキーのキャンセルを急がなければなどで、これからの事は意外にさっぱりと「まあ良く判らんが仕方ないか」と言った程度でそれほど悲観的にはならなかった。

手術まで身体の不調を感じたことは一切なかったので、大病を患ったという実感はなく手術で傷つけられた身体のリハビリをしていること自体が未だにピンと来ていない。
冷静に考えれば幸運に恵まれて破裂する前に発見されたのだから「もう少し生きていろ」ということだろう。それならば、好きなことが出来るようにと週2-3回のリハに精を出している。

今日は大学の研究室が一緒の佐久間君の葬儀だった。卒業後別の会社に入ったつもりが、こちらの会社が彼の会社に吸収合併されてしまい何の因果か同じ会社になってしまった。かの佐久間艇長の孫というので、出身地の若狭から町長が来て弔辞をのべるなど凡人のうかがい知れない世界にもいたようだ。冷たいようだが「死んで花見がなるものか」、身体が言うことをきくまで、ボケるまでは旨い物を食い、うまい酒を飲めるように頑張るぞ!
02.jpg昨夜は雨の中アイリッシュ・ダンスのグループ「ラグース」の公演に出かけた。田舎の市民ホールだが、出演者の熱気が伝わる程よい大きさで大変楽しいひと時だった。







vDSC01113.JPG
今朝になって雨に白いものが混じりだしたと思ったら初雪といってはばからない程度の降りになった。毎朝の事ながらNHKラジオの気象予報士に悪態をつきながら朝食を済ませる。

大昔(最近はすべてこれで済ますことにしている)、自社技術の工業化プラントの試運転に際して現場の責任者をお願いしたT氏が亡くなったとの知らせがあり通夜に参列した。
いかにも豪放磊落に見える体躯からは信じられないような繊細な神経の持主で、責任者をお願いしてしばらく経った頃から休みがちになってしまった。状況を聞いてみるとどうやら鬱になってしまったらしい。
現場の親分として取り仕切る彼の力は絶対に必要なので何とかせねばならない。現在の常識からすれば絶対してならないことだが、家を訪ねとにかく頑張って出てきてと懇願した。幸いしばらくして何事も無かったように出社してくるようになった。 そしらぬ顔で見ていたらさすが親分、彼が出てくると途端に現場が見違えるようにきれいになり士気が高まったのに改めて感嘆したものであった。後日、本人自ら「宮さんは人が調子が悪いというのに押しかけてきて、眠れなくて死んだやつは居ないとか、眠れなかったら朝2時でも3時でも会社に来れば良い」などと言うんだからと言っていたのを聞いた。

因縁浅からぬ同年代の一人が亡くなるのは寂しい限りだが、昨夜の通夜で見かけた昔の仲間達が歳を経て皆良い顔付きになっていたのはすごく嬉しかった。(この一行がたまらなく書きたかった)
顔が見えない人の消息はあえて聞かないことにしよう。 
911.jpg
同時多発テロから10年、東日本大震災から6ヶ月。

10年前、初めて妻と二人での海外旅行にヨルダン、シリア、ロンドンに向けて出発前夜であった。テレビで世界貿易センタービルが崩壊する様を見て大いに悩んだ末、ままよとばかり一睡もせぬまま成田に向かったこと。
6ヶ月前には大動脈手術のため榊原記念病院に入院当日頚部のエコー検査を受けている途中、大きなゆれで検査が中断したことなど個人的にも大きな事件と重なり大変印象深いものがある。

あれから10年、テロとの戦いを宣言したテキサスのマッチョに率いられアフガニスタン戦争に突入、続いてイラク戦争と日本も小泉政権の
Genpatsu.jpg
もとこれに協力してきた。そして一体何が得られたのだろう。アフガニスタン、イラクとも欧米の植民地的な状態になっているだけで、とても安定した独立国家とは言えない状態である。アメリカが撤退後はイスラム原理主義者による支配に変わるか戻るかしてしまうような気がしてならない。
昨年チュニジアの体制崩壊をきっかけとして起きた中東の民衆革命で次々と独裁者が倒されていく様を見るにつけ、両国とも一旦は原理主義者の勝利に終わってもいずれは国民皆が自らの手で自由を勝ち取る日が来るだろう。両方の戦争はこれにブレーキを掛けただけだったのではないだろうか。

手術後6ヶ月のほうは、張り切りすぎてボードで転倒した痛みも殆ど消え先週は那須に仲間に来てもらってリハビリゴルフに付き合って貰った。極度に飛距離が落ちたが何とか2日続けてラウンドし、夜はおさんどんも勤められた。
頻脈で少しきつい運動をすると脈と息が上がるのは困ったものだが、今後のリハビリで改善できると信じて努力するしかない。でも残暑がきつくて...
7月初め、沖縄の知人に美味しい桃を送ろうとネットで調べたらJA紀の里の嶺鳳という品種が7月22日頃から発送になるというので注文した。どんなものが送られたのか知っておくのも礼儀と同じものを自宅にも届けてもらうことにした。その後生育が遅れ気味との連絡があり、26日に我が家に到着。

vDSC00432.JPG
箱を開けてみるとサイズも色も見事なばかりで、すぐにでも味わいたいのをグッと我慢して注意書き通りに食べごろを待つ。29日、もう良いだろうと久しぶりに美味しい桃を食べようとしたのだが、皮が剥けない。仕方ないので包丁で剥き出して驚いた、まるで桃とは思えない、なにか大根を剥いているようだ。もちろん食べてみても旨かろう筈はない。

もう少し置いて見ようと更に2日置いて食べたが同じなので、流石に頭にきてJA-タウンのカスタマーサービスに連絡をいれる。折り返しJA紀の里から電話させるという。確かに電話は来たが、そもそも硬い品種だからとか何とか言って全く誠意が無い。私自身は声が出ないので妻に応対させたのだが、これ以上文句を言うといちゃもんをつけているような気分にさせられ、「もう良いです」と電話を切る。

ネット販売は顔が見えないのでこんなときに困るが、かといって美味しいものを手に入れるには使わざるをえない。今回は相手がJAだと安心していたのがまずかった。旨いものを食い損なった怒りいまだ収まらず、今日再度メールでクレーム。
7月13日北里大学病院眼科へ先日の網膜造影検査の結果を聞きに行く。2年ほど前から始まった網膜内の血管へ直接薬物を注入する療法が摘要かどうか聞くためだったのだが、現在問題の箇所が網膜中心(黄班部)から少し離れているので、万一出血などが起きても致命的では無いからと結局は経過を見ていくこととなる。もうかれこれ8年も経過を見るだけで何も治療をしていない。
中心部が歪んで見えたり、物が小さく見えたりするのは黄班の一部が変形しているせいでこれは治療の方法が無いらしい。残念ながら飛んでくるテニスボールが良く見えるようにするのは諦めろということらしい。

大動脈手術後4ヶ月が経過したが反回神経麻痺により声が出ない症状は一向に改善されない。6ヶ月位までに突然正常な声になることもあるらしいが、私の場合は左側の声帯が完全に開いた位置で固まったままなので右側の声帯がカバーできるようにはならない可能性が高そうだ。
しわがれ声で何とか用事は足せるが、このままでは海外に行ったときなどに意志を伝えられるか自信がない。そろそろ専門医の診断を受けるかなどと考える此の頃である。
vNEC_0090.jpgおおよそ修理が終わったと連絡があったので見に行った。6時出発、9時少し過ぎに到着した。やはり中央道経由が早いようだ。

壁と天井のクロス張りの配色が心配だったがまずまずすっきりとまとまっていたのでほっとする。玄関の戸棚を撤去したり、中二階への階段を壁に寄せたので、少し広くなったような気がする。流し台を新しくしたら冷蔵庫の汚れが目立つ。大工さんと打ち合わせ、塗装などこれ以上頼むと追加になりそうな口ぶりなのでこれで一応検収ということにする。

vNEC_0089.jpgvDSC00415.jpg
腹もすいたので、先日横目で眺めて通った「ガーデン・アウトレット」に行き食事。放射線量の影響でどうかと思っていたが思った以上の人出である。妻は出物のサンダルをゲットして喜んでいたが当ても無く歩くのは疲れる。

vDSC00411.jpg
帰路、冷蔵庫と地デジ対応のテレビを物色しにK'sとコジマを覗く。冷凍庫は氷、たまにアイスクリームくらいしか入れないので、小型で冷蔵庫の容量の大きいものを探したのだがそのようなニーズがないのか適当なものが無い。
テレビも19"なら安いものがあるのだが、折角だからもう少し大きいほうがなど結局どちらも買わずに帰る。無駄な出費ではあったが、折角きれいになった機会にとは思うが一方では年に1-2回しか来ないのにとドケチ根性が出て中々決められない。

帰ってひとしきり拭き掃除をしたが、前夜なでしこJAPANの快勝で寝不足なのと、アウトレットの歩き疲れで早々に切り上げ夕方5時頃帰路につく。地震で壊れた食器棚を直すつもりで来たが、持ち帰って直すことにした。次回は泊り掛けで来なければならない。教師家業は忙しいようで娘も息子も頼りにならないので、スキー仲間に声をかけてボランティアをお願いしよう。
DSC00400.JPG軒下にキアシナガバチの巣を発見してから二ヶ月近く経つが、いつ見ても女王蜂一匹だけであった。数日前にシジュウカラが巣から何かを咥えて飛び立つのを目撃したので、生んでも生んでも働き蜂が出現せず、女王蜂が巣作り、産卵、育児、餌とりの全てをこなさなければならなかったらしい。
なにか気の毒になって観察を続けていたのだが、今日夕方見上げると働き蜂がいるではないか。働き蜂が巣の増設をしていて、女王蜂は時々狩にでるようだ。
この調子だと働き蜂の数がねずみ算的に増えてきて、いずれ女王蜂は産卵に専念するようになるのだろう。毎日雨戸の開け閉めをする場所の真上でブンブンやられるのも気持ち悪いし、孫が来たときに刺されたら大変とかわいそうだが夕方叩き落とした。
しばらくうろうろしていたが、諦めが早いようでどこかに飛んでいってしまった。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは日々是好日は嘘です。

次のカテゴリは音楽、絵画です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。