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4月29日 普段花見には無縁な我々だが、那須の長屋の風通しと放射線量を測りに出かけたついでに出を覚悟で三春の滝桜を見に行った。
連休2日目の日曜日、滝桜は満開とくれば大混雑は予想できたものの6時少し過ぎにつけば問題なかろうと那須を5時に出発した。予定通り6時ころ郡山から磐越自動車道へ、しばらくすると「船引三春IC混雑」とのサインが目に入った。それではと手前の郡山東ICで降りさくら湖の南を回って行くルートをとる。
6時15分頃滝桜まであと2.5kmの地点から渋滞が始まってしまった。
途中仮設トイレの駐車場や路肩に車を入れて歩いて行くチャンスもあったが、どうもいつものように優柔不断でずるずると流されて行き、どうやら駐車場にたどり着いたのは7時50分頃になってしまった。
「観桜料」300円だが、駐車場は無料なので腹も立たない。

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さすが樹齢推定1000年以上と言われるだけあって迫力がある。

付近にも多くの見事な桜があり、右は渋滞した車の窓から撮影した一枚。

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滝桜を上から見たところ。「紅しだれ」以外の桜もとりどりに咲いている。

遠くに残雪の安達太良が見える。



滝桜を見た後はさくら湖畔の桜の公園を散策し、その後三春町の郷土人形館、歴史民族資料館などを訪れた。このあたりの線量は0.2-0.25マイクロシーベルト/時という、新緑に映える満開の桜、遠くに残雪をいただいた山並み町、こんな自然に恵まれた国に人が住めない土地があり、たとえ問題がない線量とは言え、なんとなく喉に骨が刺さったような気持ちで過ごさなければならないとは本当に情けない。役場前で原発廃止の請願に署名し、昼食後一旦那須に戻り少し休んで帰宅。

一昨年の10月、道に迷いながら苦労して訪ねた 世界遺産「カサーレの古代ローマの別荘」Villa Romana del Casale を含む一日分の写真が行方不明。女房にはあの夜ホテルでパソコンに取り込んだとき間違えて消してしまったに違いないと言われ、そんな筈はないと思いつつ諦めていた。

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ところが先日何気なくデジカメのスイッチをいれ、画像を再生したらなんとあの日の分がそっくり揃っているではないか!!! どうもデジカメにメモ・モードというのがあって、やや解像度は低いものの内臓メモリーに記録するようになっているらしい。恥ずかしながらカメラを買って3年、今頃気がついた。

どうもその日はモードダイヤルがずれてメモ・モードになっていたようで、先日また偶然ずれていたので気がついたらしい。なにはともあれシチリアで訪れた中では最も印象に残っているところなので、写真が出てきたのはもの凄く嬉しい。

なにしろ広大な別荘の床一面がモザイク張りである。剥がして来て博物館に飾ってあるものと違って、往時のままの姿で公開されているのが凄い!

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有名なビキニの女性群のようなものもあるが、ホールの床は戦争の場面や蛇に噛み付かれ血を流しているような残虐なものが多い。

建物の修理が終わったので、使えるようにしようと泊りがけで出かけた。ベッドを2台持参したり、修理済みの食器棚を持参したりと妻と二人では手に負えないので、スキー仲間に声を掛けてボランティアをお願いした。

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16日、10時頃着くつもりで走っていたら8時少し過ぎにもう那須にいると電話が入った。全くもう...
那須にしては大層蒸し暑い。大きな荷物を降ろして早速乾杯。





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ペンキが剥げて見苦しかった玄関ドア、物置囲いの塗装。さすが私の仲間だけあってセンスの良い色に仕上げてくれた(実はこの色しかなかった?)
行く前は囲いは板を張り替える予定だったのだが...






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1階にベッドを2台置き腰痛持ちはソファ代わりに使うようにした。階段を寄せたのが大成功で大分広く使えるようになった。
使っていない風呂を撤去して物置にし、10年以上前にSさんから貰った洗濯機もようやく使えるようになった。





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古い冷蔵庫がいかにも寂しいのでこれも新品を購入、古い1台はビール専用に。家で修理した食器棚もピッタリ。
左端は18日早朝のなでしこジャパンのW杯決勝戦を地デジで観戦するために持参した液晶テレビ。3時30分から起き出して観戦、PK戦の末のなでしこの勝利に大いに盛り上がる。朝から冷えたビールで乾杯!




東北大地震のお陰で思いがけない出費になってしまったが、残り少ない人生、楽しい仲間と過ごせる場所がこれまでどおり使えるのは何物にも変えがたい。せいぜい有効利用したいものである。

vNEC_0090.jpgおおよそ修理が終わったと連絡があったので見に行った。6時出発、9時少し過ぎに到着した。やはり中央道経由が早いようだ。

壁と天井のクロス張りの配色が心配だったがまずまずすっきりとまとまっていたのでほっとする。玄関の戸棚を撤去したり、中二階への階段を壁に寄せたので、少し広くなったような気がする。流し台を新しくしたら冷蔵庫の汚れが目立つ。大工さんと打ち合わせ、塗装などこれ以上頼むと追加になりそうな口ぶりなのでこれで一応検収ということにする。

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腹もすいたので、先日横目で眺めて通った「ガーデン・アウトレット」に行き食事。放射線量の影響でどうかと思っていたが思った以上の人出である。妻は出物のサンダルをゲットして喜んでいたが当ても無く歩くのは疲れる。

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帰路、冷蔵庫と地デジ対応のテレビを物色しにK'sとコジマを覗く。冷凍庫は氷、たまにアイスクリームくらいしか入れないので、小型で冷蔵庫の容量の大きいものを探したのだがそのようなニーズがないのか適当なものが無い。
テレビも19"なら安いものがあるのだが、折角だからもう少し大きいほうがなど結局どちらも買わずに帰る。無駄な出費ではあったが、折角きれいになった機会にとは思うが一方では年に1-2回しか来ないのにとドケチ根性が出て中々決められない。

帰ってひとしきり拭き掃除をしたが、前夜なでしこJAPANの快勝で寝不足なのと、アウトレットの歩き疲れで早々に切り上げ夕方5時頃帰路につく。地震で壊れた食器棚を直すつもりで来たが、持ち帰って直すことにした。次回は泊り掛けで来なければならない。教師家業は忙しいようで娘も息子も頼りにならないので、スキー仲間に声をかけてボランティアをお願いしよう。
那須の長屋の修理を依頼している工務店が大震災の影響で断熱材が入手困難というので、以前我が家の手入れをしたときの残りを届けに出かけた。vDSC00336.JPG
昼頃から天候も回復してので5月22日に開園したばかりの「那須平成の森」に行ってみることにした。那須御用邸の用地の約半分を環境省に移管して日光国立公園に組み入れたものだ。那須湯本温泉を過ぎ甲子温泉方面に進むと約60台くらい入る駐車場がある。入場は無料だが、園地の約半分は予約制の有料ガイド・ウォークでないと入れない。


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入口を入ってすぐのフィールド・センターを一歩出ると「エゾ・ハルゼミ」の大合唱である。体長4cmくらいの小さなセミなのによくぞこんなに大きな声が出せるかと思う。緑鮮やかな気持ちの良い林のなかを1.2kmほどゆっくり登っていくと「駒止めの滝」の展望台に出る。ここにも20-30台ほど入る駐車場がある。

帰りはフィールド・センターに近い遊歩道を廻って合計約1時間の散歩となった。残念ながら五葉つつじは見られなかったが、レンゲツツジが見事だったし、運良くエゾ・ハルゼ
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ミも見ることが出来た。 以前はなかなか観る機会が無かった駒止めの滝も見たし、大動脈の手術後ほぼ3ヶ月、登りはかなり堪えたが丁度良いリハビリになった。

それにしても、莫大な予算が御用邸の維持管理費、ひいては皇室の費用に当てられているのは如何と...



隣室のオーナーに電話をしてみたが、引き取る気持ちは全くなさそうである。困ったものだが仕方ないので先日会った大工の井上さんに修理の見積もりを依頼した。

概略の金額が出たので、その打ち合わせと後片付けのため5月29日(日)雨のなかを出かけた。途中PAで持参のおにぎりを食べ小休止、8時半頃(所要約3時間)で到着し約束の10時まで1階の必要なものを2階に上げたりと片付けに精を出す。

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最低限使えるようにする見積もりが上がってきていたが、折角直すならと1階の床は根太がダメなので全面的に張替え、ついでに流し、トイレ、洗面などの見積もりもして貰うことにした。
大体打ち合わせが済んだところで、「東京さ何人ですんでるけ?」「米は食うけ?」などという会話の後、何かの拍子にインターネットで井上さんの家がどこか分かったといったら「ちょっくら家にこいや」といって出て行ってしまった。分かったといってもGoogle Mapの航空写真でのこと、一寸不安だったが見当をつけていってみると作業場の前で待っていてくれた。
お茶とお菓子を馳走になり、ひとしきり材質などの打ち合わせをして帰ろうとしたら、手招きで誘導され物置の前に行くとなんと玄米30kgの袋を積んで行けと言う。もう少し経てば新米が取れるが放射能の問題があるので人様には差し上げられない。昨年少し多く取って置き過ぎたので食べてもらいたいと言われありがたく頂戴した。帰路妻と手付けを打つどころか米を貰って帰るとはとなんとなく愉快な気分になった。

余分な出費だが、思いもしなかった病気で今年スキーや海外旅行を取りやめた費用で賄えると考えれば、ここを持っているだけで少しはゆとりのある気分になるだけでも良いということにしよう。この季節、晴れれば写真のような新緑も楽しめるのでこれからはもう少し利用するようにしようと思いつつ、大雨をついて20:30頃帰宅。
退院後2ヶ月、3時間のドライブにも問題なく耐えられたことが嬉しい。

vDSC00303.JPG今回の地震で私の所有する那須の長屋周辺は震度6弱でかなりの数の家屋が倒壊した。気にはしていたのだが、なにせ手術後で見にも行けずにいた。管理をお願いしている芦野温泉から何の連絡も無いので、差し当たり建物には大きな被害はないものと多寡をくくっていた。 でも食器棚が倒れてたり、上のものが落ちたりしているのは間違いないと思っていた。
今日は息子が休めるというので、妻と三人で紙袋や掃除道具持参で朝早く出発した。

着いて見るとなんと外壁が剥がれ落ちているではないか! 中に入ってみるとまたびっくり、食器棚は倒れていなかったが、ガラス戸が外れ中の食器はほぼすべて床に散乱している。 一部の内壁も落ちていて、あちこちにひび割れが入っている。



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食器棚までは想定内だったが、こうも建物の被害が大きいとは思いもしなかった。






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こういうとき4軒長屋は始末が悪い。芦野温泉の部長に会い、このまま引き取らないかとお願いしてみたり、地元の工務店を紹介して貰ったりしたが、良い知恵が浮かばない。
以前隣室のオーナーが隣も欲しいと言っていたという話があったので、部長にはそちらへの連絡を頼み、崩落した外壁の周りをトラロープで囲んで帰宅することにした。

さあどうしよう? とうとう私も被災者に!


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左の写真は誰でしょう?正解は20年前の妻と私です。
(1991年6月、裏摩周展望台にて)

昨日郵便受けに白い封筒が入っていた。アメリカの切手が張ってあり、手書きの宛名は 
Mr. & Mrs. Miyazaki  になっている。差出人は女性らしいが名前に記憶がない。
家に入ってあけてびっくり玉手箱、丁度20年前に知床半島で偶然出会い翌日斜里岳登山に案内した二人のアメリカ人の女子学生の一人、 アラスカのカレンからの手紙だった。
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写真は斜里岳頂上で、向かって左側がカレン。右はコロラドから来たジェニファー。 カレンは現在は4人の男の子の母親で家族の写真も添えてあった。 私が送ったスナップ写真も同封されていて、明日は礼状を書こうと思っていたら20年経ってしまったとある。 確かに彼女達が帰国した頃を見計らって写真を送ったのだが、何の音沙汰も無く、やはりいまどきの若者だったかといささかがっかりしたものである。

しかし写真を見るまでもなく妻も私も一瞬にして20年前にタイムスリップ、まさに過去からの手紙に驚きと喜びがこみ上げてきた。 でも当時のアルバムを繰って若々しい己の姿を見つけると、改めて人生の最終章に入っていることを認識させられた。

是非アラスカに来て一緒にハイキングに行きましょうというお誘いも頂いた。 何とか今の状態を克服してアラスカ・ハイキングを実現したいものである。
今日(1/18)の朝日新聞一面にチュニジアの首都チュニスの目抜き通りに陣取った戦車の写真が載っていた。幸い大きな騒乱にはなっていないようだが、昨年10月に妻と二人でチュニス近郊の遺跡めぐりをしてきただけに、この先チュニジアがどのようになっていくのか気になるところである。
「アラブ初の民衆革命だ」というタクシーの運転手の話を引き合いに、いかにも独裁強権政治からすぐにでも民主的な政権に取って代わると言う印象を与える記事だが、おいそれとはいくまい。

アラビア語は勿論フランス語も解さない旅行者がたった4日間の滞在しただけで、何かを感じるすべも無いことだが、市内で会った人々の無表情さとカルタゴからしディ・ブ・サイドに向かう郊外電車の中で英語で話しかけてきて「通じた通じた」と無邪気に喜んでいた女子学生たちの明るい笑顔が印象に残っている。なんとか良い方向への変革のスタートになって欲しいものである。

ブルギバ通り(10/1) 
  新聞写真とは反対方向から            職がないのか昼間から道端のカフェで
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暫らくアクセス出来ず、あすは帰国の日になってしまった。ナポリ到着時の事件を書いてあとは帰国後HPに書くことにしよう。

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10月9日早朝フェリーでナポリに到着。ホテルの前に着いたのだがどこが入り口か分からない。看板の下の大きな古い木のドアの中は工事用の足場の下にバイクが数台、ゴミが散らかっていてとてもこれがホテルとは思えない。妻はやや恐怖の表情である。
いくら1泊60ユーロの安宿だとはいえ、中東あたりの1泊100円のドミ見たいのは無いはずとは思うものの不安に駆られる。
(車の後ろに見える大きな木のドアが入り口)


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電話して見ると、確かにここでよいらしいのだがイタリア語でよく分からない。そのうち電話が切れてしまい困っていると、怖い目つきのおじさんがやってきて、これもイタリア語で何か言うのでついてゆくと裏手のピッツァリアに案内された。
ここがホテルの朝食をとるところらしい。チェックインはまだだというので兎に角荷物を預かってほしいというと、先ほどのおじさんを呼んで鍵の束を受け取り、これで中に入って荷物を置いてまた鍵をかけて出て来いという。
どこだか分からないというと、おじさんが一緒に来てくれることになった。さっきのガラクタの中を抜けると、映画に出てくるような古いエレベータがあってこれに乗って2を押せという。3階に止まったので扉を手で開けて降りると、ガラス戸があってその中がフロントのようだ。荷物をそこに置き先ほどのピツァリアで食事をして、考古学博物館が開くまで近くの公園で暇つぶしをする。

考古学博物館、エルコラーノ遺跡、ポンペイ遺跡を見て18時頃ホテルに帰りピツァリアのお嬢さんに案内され先ほどのフロントに行き鍵を渡され部屋に入る。木のドアが閉まっていたら1002と押して開けと叫べば開くらしい。部屋は清潔で充分な広さがあり、シャワーのお湯の出が悪い事以外は問題ない。

今日のホテルはまあ楽しいびっくりに入るがどうも今回の旅は事件が多すぎる。顛末はいずれ詳しく綴ることにして項目だけ書くと

1.チュニス-マルタ便の欠航でマルタを諦め、ローマ経由でシチリアへ
2.タオルミーナでカーナビにだまされ道に迷う。
3.ピアッツァ・アルメリーナのモザイクで有名な「ローマ人の別荘」で再びカーナビにそむかれオリーブ林に迷い込む。
4.やっとたどり着いたローマ人の別荘は開館が14:30で半日無駄に(地球の歩き方には10:00開館となっているので、10時に着いてしまった日本の若者に出会った。モザイクは聞きしに勝るものだったが、不思議なことにこの部分だけ写真がなくなってしまった。
この半日ロスでセリヌンテ遺跡などの観光を諦めざるを得なくなった。
5.ゆっくりとアグリジェント遺跡を見て廻りパレルモへ。パレルモの州立博物館でセリヌンテ遺跡の展示室が工事中。
6.ナポリの考古学博物館でも、有名なポンペイから出土のアレキサンダー大王の図のあるウィングが2月から工事中。
7.博物館から中央駅まで地下鉄2号線で移動しようとしたら、2号線は運休中だからバスで行けと言われた。
8.カプリでは潮が高く青の洞窟に入れず。

いろいろありましたが、これも旅の楽しみと思いたい。


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