初滑り顛末記

12月11日 今シーズンの足慣らしに星野リゾート・トマムへ総勢8名。
朝8時30分発JAL505便はほぼ定刻に羽田空港を出発し、約2時間30分のフライトの末再び羽田空港に着陸した。

さてどうしようかと、普通はこれで解散、残念となるのだがこのパーティーはそうは行かない。なんとか今晩中にたどり着ければと約300人ほどのキャンセル待ちに加わる。 JALのマイレージのステータスがダイアモンドのHさんは一番に優先搭乗できるので、なんとかその威力のおすそ分けをと願ったものの叶わず。

The TowerII の客室から
The TowerII の客室から

Hさん所有のファーストクラスへのアップグレード券2枚、Sさん所有のClass-Jアップグレード券4枚を使わせてもらってなんとか新千歳空港についたのは既に20時を回っていた。
前日からの大雪でJRも動かず前夜も1000人からの人が空港で夜を明かしたと

雪質は最高
雪質は最高

いうところに、いい歳をした連中が8人もまあなんとかなるだろうとやって来て、まず向かったのが酒屋、いつもの北の誉のカップ酒を買って一安心というのだから我ながらどうかしている。でも到着が遅くなれば食うものがないとしっかり弁当を買い込んだところは流石。

dsc00860星野リゾート・トマムまでのスキーバスはもはや運行終了。 唯一今晩中に着く方法はタクシーだが周辺のタクシーはすべて出払っていて、予約客を待っている運ちゃんに聞いても会社に電話しても剣もほろろ取り付く島もない。
ここにきてさすがのスキー狂連ももしかしたらたどり着けないのではと心配になったところに一台のタクシーが。

運ちゃん「どこいくだ?」、我々「トマム」、一瞬間があって「高速が通っていれば行ってもいいが」、「もう一台要るんだけど」、「一寸待ってくれれば呼んでみるが」
途端に運ちゃんの顔が神様に見えて来た。15分ほど待ってもう一台到着、夜10時半頃星野リゾート・トマム ザ・タワーに到着。名前も忘れたが運転手さん「ゆたか交通」さん有り難う。

雪不足は覚悟の上だったが、ゲレンデには修学旅行の高校生以外はチラホラ。宿に帰ると中国人ばかり。ホテルのフロント、ベルボーイも殆どが中国系。英語を話しているのはシンガポールあたりからきたのか。日本人、欧米人は数組。
星野リゾートという名前に釣られて来た我々が甘かった。
大風呂もバスで行かなければならず、どうせ中国人のマナーの悪さに辟易するからと決めつけて部屋のユニットバスで我慢。

ご一行様ご到着!
ご一行様ご到着!

以前富良野への道すがらトマムスキー場を望見し、一度来てみたかったが、中国語のシャワーは落ち着かない。
帰り際にロビーでバスを待っているとバス数台が到着、写真のような状態に。

おまけに帰りの便も欠航だとメールが入る。早速ダイアモンド・ステータスの威を借りて我らが名幹事が交渉。なんと一本前の便で予定より早く羽田に帰着。お疲れさまでした。

 

戸狩

2月26日(土) 午前中、大動脈解離手術後5年目の定期点検を榊原記念病院で受診。解離したままの下腹部の大動脈が膨らんでくる兆候はないとの診断だった。一先ずこれまで通りの生活を続けられるのが嬉しい。

grandsenior
70歳以上は「小学生」と同料金

午後は横浜在住のK氏に我が家まで来てもらい運転を任せて、途中F氏の車と合流して茅野のSさんの別宅に一泊。楽しく鍋を囲み、炬燵での雑魚寝もたまには良いものだ。

翌朝目に何か刺さったT氏を眼科に送るというハプニングもあったが、27日昼頃いつもの宿メープルハイムに到着。雪が少なく駐車場に雪の壁が無い!途中の景色もまるで春のようで田んぼも今にも代掻きを始められそうな雰囲気だ。土曜日とあって宿もゲレンデも親子連れを中心に人が多く結構なことだ。でもなんとなく昔の月山合宿の気分が勝って、午後は中国語研究会。

28日(日) 70歳以上は小学生と同額の一日券を入手し、前日に到着した2名を加えて7名で滑りに出る。1月末ヴァルディゼールで手首を骨折したSさん、今回はまさか滑らないだろうと思っていたが、なんとギブスをはめて登場。その根性には恐れ入りました。

DSC00842何本か流した後、久しぶりにT氏から緩斜面のカービングターンの指導を受ける。内足の使い方、カーブの切れは良いと褒められたが、後でビデオを見るとどこかこわごわ滑っている感じで気に入らない。このところ手の位置ばかり気にしていたが上体のかぶり具合、腰の位置など研究の余地がある。

29日(月) 昨日の賑わいが嘘のような靖かなゲレンデ、一番のリフトに乗り5本ほど流すと曇り空が雨模様になってきた。
昼前に上がって風呂から出ると外はかなりの雨になっていた。繁男さん自慢のオヤマボクチつなぎの手打ちそばの独特の食感を味わって帰路につく。

どぶろくスキー

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水晶山スキー場

友人が会長を務める雪遊会という会に昨年からお邪魔している。秋田県鹿角花輪に近い水晶山スキー場というリフト一本のローカルなスキー場で少し滑った後、まったりした秋田弁の会話を聞きながら自慢のどぶろくを飲むというのが気に入って今年も参加を願い出た。(2月12-14日)

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インカレ会場の花輪スキー場方面を望む

昨年は盛岡からの高速バスが走らないというほどの大雪で、視界もない中で重い深雪を数本滑っただけったが今年は無風快晴で暑いくらいの好天に恵まれた。
距離的には物足りないが適度な中緩斜面のゲレンデは良く整備されていて楽しめる。

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自家製どぶろく

さてお目当てのどぶろくパーティー、がっこ(秋田の漬物の総称)、揚げ物、煮物に始まりホルモン鍋、きりたんぽ鍋と続く。さらにジンギスカンまで用意されていたようだがさすがにこれはひっこめられた。比内地鶏の入ったきりたんぽ鍋が絶品である。さらさらしたものやどろどろしたもの、どぶろくを楽しんでいるうちに満腹になってしまった。

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きりたんぽ
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御宿 馬ぶち

翌日は天気予報が昼前からの雨を伝える中、少し南下した方が雨の降りだしが遅そうだというリーダーI氏の判断で八幡平下倉スキー場へ。こちらもリフト3本のこじんまりしたスキー場である。八幡平というと私にはパウダースノーというイメージだが、やはり気温が高くおまけに小糠雨が降ってきた。お多分に漏れず土曜日というのんこのスキー場も閑古鳥が鳴いているようだが、雪の状態さえ良ければかなり楽しい滑走が楽しめるのではないだろうか。雨は午後から本降りになりウエアもぐっしょり、それでも2時ころまで粘る。
夜は宿の料理を食しながらまたまたどぶろくで盛り上がった。

2月14日、盛岡駅前の焼肉屋で昼食宴会後帰宅。目標体重を3kg超過!

Val d’Isere

20年以上続いてきたT氏主宰の海外スキーだが、昨年のVailで終了になってしまった。
長いこと続けてきたものがなくなるというのはなんといっても寂しいので、急遽少人数でフランスのヴァル・ディゼールに行くことになった。まだ右目の具合が思わしくないのでどうしようかと思ったが、ヴァル・ディゼールは2004年に季節外れの大雨が降り続き1週間滞在して1日しか滑れなかったという心残りもあって参加することにした。

ヴァル・ディゼールへ

DSC015641月23日(土) 成田発チューリッヒ経由でジュネーブへ飛びさらにバスに揺られること3時間、我が家を出発して24時間の長旅の末今回の宿、Hotel Les Cretes Blanches(白い尾根)にたどり着いたのは21時30分を廻っていた。

DSC01570宿のオーナーのバキエさんは日本滞在が長く日本語がペラペラ、素敵な奥様のジュンコさんは日本人、ゲレンデを見渡せる部屋に用意された夜食が嬉しい。この日は持参の日本酒で無事到着を祝い床についた。

1月24日 滑走一日目

P1010252このスキー場は75歳以上はリフト券が無料というので少し早めに宿を出てリフト券売り場に行く。78歳だと言うとしばし顔を見ていたがパスポートを渡すとにっこりして何日滑るのかと聞かれた。「6日間の予定だが年齢は減ることは無いので一生滑れる券はないの?」「普通のシニア券なので日数を指定しないと有効にならないの」といったやり取りがあって無事ゲット。これまでいろいろなスキー場に行ったが、75歳以上は無料というのは初めてで、なにかずいぶん得をしたような気分だ。なを、通常の6日券は270€、シニア券は216€でアメリカに比べると随分安い。Vailで6日券を買うとシニアでも870$もする。

チェアリフト Solaise Express でSolaise(2560m)まで上がったが、後続が何人か来ない。どうやらOさんのリフト券に問題があってゲートを通れないらしい。理由はともかく一旦降りて再合流しようと一気に下まで滑り降りた。この下降ルートは中級者向けの赤線で表示されていて、12年前の湿雪のコブの嫌な思い出がよみがえってきたが、今回は雪面が良く締まっていてシーズン初すべりの割には気持ち良く滑れた。

リフト券の修正しが済んだOさんと合流して、今度はゴンドラでRocher De Bellevarde 2827m に上がり上部の緩斜面で気持ちよく足慣らしをする。

このエリアからの帰りは下部に何か所か狭いところがあって、昨年8月から故障続きで運動不足の私は安全第一に滑り降りたが、降りてからの道がほんの少し登りになっていてこれもこたえる。12年前腐れ雪から足が抜けなくなったところやその時泊まったロッジなど懐かしく横目で見ながらようやく帰還、疲れました。

夜は近くのLa Casseroleで夕食。鍋ごと出てくる煮込み料理で牛、豚、魚を選べる。私は豚を選んだ。味は良いが、時差ボケの歳よりにはなにせ量が多すぎる。

1月25日 滑走2日目

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谷の朝は遅い。朝8時35分、予約遠くの白い峰と右手の岩稜に陽がさしてきた。

今日も快晴、窓から見る景色も朝日がくっきりと当たって素晴らしい。

今日はVal d’Isereエリアの左側、Pissaillas氷河地区へ滑りに出る。Solaise リフトで上り、足慣らしにGlacierリフトを一本流してもう一度上がったら後続のSさんが転倒して怪我をしたようだとの情報が入る。

もうすぐリフト乗り場というところで地元(?)スキーヤーと交錯し、腕を怪我したらしい。いつもしんがりを務めてくれているMさんが手配したのか既に近くの小屋でパトロールのスノーモービル待ちの状態であった。スノーモービルでゴンドラの駅まで行き下には救急車を呼んであり、診療所に連れていくとのことである。誰かついて行った方が良いと思ったが一緒には行けないし、どうしようかと思ったが宿のジュンコさんに電話して診療所に行ってもらうことにしたとのことなので一安心した。幸い怪我をした Sさんは英語のヒアリングは私より達者だし勘もよいので大丈夫だろうと冷たいようだが予定通りPissaillasエリアに行くことにする。(後日Sさんから聞いたところでは最初に来てくれたパトロールが病院までのすべての手配をし、スノーモービル->ゴンドラ-> スノーモービル->救急車と全く待たされず、しかも最初のパトロールが病院まで付き添って来てくれたとのことだった。さらに後日対応についてアンケートまで送られてきたそうである。スキー場の保険に加入していない場合は救急車を含むすべて費用は請求されるとはいえ、この辺りの対応は見習いたいものだ。オリンピック招致以来すっかり「おもてなし」の国のつもりになっているが、そもそもサービスは無料という感覚の日本人にはこのように「かっこいい」対応は無理なのかも知れない)

Pointe Du Montet 3426mを望む地点
Cascadeリフト終点からDu Montet 3426mを望む地点

先ほどのリフトの終点から少し降りたところ約2700m地点から、交通用のLeissieresリフトに乗ると急斜面を上がっていき尾根に出ると足元が切れていて、思わず歓声が上がる。今度は怖いような急斜面を下ってPissaillas氷河エリアの約2700m地点に到着する。
少し下って長いTバーを一本滑りCol de L’Iseran2762mへ登る。

尾根を越えると急降下
尾根を越えると急降下、帰り道の尾根越え

今度はもう少し下まで降りてVallonというチェアリフトでもとに戻り、そこから Cascadeというリフトに乗る。この地点の標高は多分3100m前後か、この先の短いTバーに乗ればこのエリアの最高点だがさほど魅力的なバーンでもない。

Sさんの様子が気がかりだし、悪いことにMさんの奥様のお母さまが急逝されたとの連絡も入り早めに切り上げることにする。

DSC01628宿について暫くするとジュンコさんに付き添われてSさんが帰ってきた。左手首の脱臼骨折に加えて右手小指の剥離骨折があるという。左手首は手術した方が良い、ここから2時間ほどの病院に手の手術のゴッドハンドが居るからと勧められて既に予約を済ませ診断書を貰ってきていた。慣れないフランス語の国で手術を良く決断したと思うが、結果は大正解だった。宿のオーナー夫人に付き添って貰えたこと、さらに彼女が日本人で、フランスの医療レベルに通じていたことなどまさに不幸中の幸いだった。

夕食は昨日のレストランでチーズ・フォンデユ、Sさんもこれなら片手で食べられてラッキーと元気に顔を出したのでほっとした。但しフォンデュは塩辛くて駄目。リフト代無料のお礼代わりに白ワイン2本を提供する。

1月26日 病院へ

まだ時差が取れないのか朝早く目が覚める。今日入院するSさんの付き添いはチケットが取れ次第帰国することになったMさんにお願いすることになっていたが、次第に事態が飲み込めるようになって考えると退院の時の事もあるしもう一人同行した方がよさそうだ。今回が初滑りで海外にきて、2日間滑れないというのは一寸抵抗もあったが、年寄りは休めという天の配剤かと起き出してTさんに申し出る。

朝8時30分、まだ帰国便の手配が付かないMさんが降りたのでKさんに付き添ってもらって3人で病院に向かう。一昨年オーストリアの病院に行ったメンバーからその時怪我をした当の本人が居ないというだけだねと大笑いになる。

DSC01634目的の病院まで約130km、まずは北北東へ向かっているようだ。朝日の当たる白い山並みを見ながらあの向こうにはモンブランが、とすると右手はイタリア・クールマイユールなどと思ってドライバーに山の名前を聞いてみたが、フランス語の聴き取りは難しく結局要領を得ないで終わってしまった。Sさんの診断書も見せてもらったがフランス語で書かれているので詳しいことは分らないが、単なる診断書で日本でいう紹介状ではないらしい。電話で予約が入っているという話だが、果たして目的の受診科にたどり着けるのか心配だが、まあ受付でこの診断書を見せれば何とかなると腹をくくる。

DSC01645車は途中から西に向かいアルベールビルを通過してリヨンの方角へ向かっていき丁度2時間くらいでChamberyの町はずれにあるMedipol De Savoirに到着した。早速受付に行き英語で話しかけるが全くだめでくだんの診断書を見せると、身振りで右手の廊下を入ってすぐ右に曲がったところの部屋に行けという。
そこはどうやら「手腕外来」とでもいうのか手の平のマークが付いた用箋を使っているようなところで、女性に診断書を見せると話はついていたようでしばらく色々質問されたが、やがて若い白衣を着た若い先生が出てきて持参のレントゲン写真を見てから流暢な英語で「患者が多いので確約は出来ないが出来るだけ今日中に手術するように努力するが、明日になってしまうかも」という。

DSC01642今度は麻酔科に行き、いろいろな書類を書かせられるが名前、住所欄などはフランス語でもなんとか推定はつくが、4-5ページに亘る既往症だのアレルギーだのについての質問票は全く始末に負えない。その旨窓口に申し出ると、ちょっと待ってと言って外で待っていたやはり左腕を釣った若いお兄さんに通訳を頼みに行ったようだがどうも全然ダメのようだ。しばらくしたら英語のコピーを探し当てたらしくこれを書けという。英語でも医学用語は分らない言葉ばかりだが、幸いSさんはアレルギー体質でもなく、病歴も入院歴もないとのことなので問題なさそうなところはすべてNOにチェックをつけてしまった。
書類を書き終えて廊下でしばらく待たせられてから部屋に呼ばれてまたいろいろ聞かれてもう一度玄関の受付に戻ると番号札を渡された。

受付前のブースに番号が表示されたので入ると書類を調べ、隣の会計に移って費用を前払いする。総額日本円にして31万円ほど、保険適用外で手術と入院費思っていたより安かったが、何よりも先払いというのにはびっくりさせられた。

ここまでたくさん書類を書かされたりお互いに片言の英語でいろいろ聞かれたりしてややうんざりだったが、診察もなければレントゲンもとらず昨日の診断書だけで手術内容を決め費用が計算されているとは驚きである。日本ならまず診察、レントゲンを撮って手術日を決め前日に入院という運びになるところだろうからこちらの方がよぼど合理的だ。

DSC01655費用を払い終わると病室へ。暫く待たされたが通された部屋は二人部屋で先客の女性が部屋についているシャワー室で体を洗い着替えているところであった。さて手術は何時ころからか、誰に聞いてもわからない。救急車の音もしょっちゅう聞こえるし、そもそもこちらが予定外の患者なので無理もないが、夕方4時を過ぎ我々付き添いも今晩どうするか決めなければならない。
電話でジュンコさんに助けを求めたところ折り返し電話があって「やはり手術時間ははっきりしない。ナースに確かめたら外国人の扱いには慣れているし英語で意思の疎通は出来るので心配ないと言っている。適当な時間に引き上げたらどうか」というので5時半にタクシーの手配を頼んだ。

そうしたらなんと5時少し前に何の前触れもなくストレッチャーがやってきて、その場で手を振って別れる。夕時のラッシュの中また2時間タクシーに揺られて宿についたら丁度夕食の時間で、今日はホテルの食堂でラクレットだった。

何もしなかったのに妙に疲れた一だった。午後9時過ぎにSさんから「無事手術終了、どうやら鉄板を入れられたみたい」というメールが入る。鉄板?と思ったがこれで一安心、一緒に行ったKさんと日本酒でお互いの労をねぎらった。

1月27日 退院

朝8時今日はOさんと一緒にタクシーで病院へ。女性の運転手で途中古い領主の城など説明してくれた。10時少し前に病室に行くとSさんは元気そうに左手を見せて指を動かして見せた。昨日は手首がなにか妙な具合に固定されて指は全く動かせなかったようだったが、今日はギブスもしておらず一寸手首に怪我をしましたという感じに見える。レントゲンを見ると橈骨の手首側の骨端部に近いところにハート形をした金属が入っていて細いボルトで止めてあるようだ。右手小指はVal D’Isereの診療所で固定したままで包帯も取り替えてくれていない。

10時半頃迎えに来ると言ってあったので、既に英語で書かれた診断書と今後の処置の仕方、フランス語の処方箋が用意されていた。その後大判のレントゲン写真を撮り退院となる。費用の追加は一切なしで、明細は後日メールで送られてくるとのことであった。

待たせていたタクシーに乗り12時半頃には宿に帰り、近くの薬局で処方箋通り痛み止め、傷の手当て用の絆創膏、サポーターを購入した。

1月28日 ティーニュへ

朝7時10分、金星と月
朝7時10分、金星と月

Val D’Isere 5日目の朝。夜明けの空に金星を伴って出ている月は周りにもやがかかっていて、今日は少し雲が多い一日になりそうだ。

3日目、4日目と私に遠慮して(?)行かなかったTignes(ティーニュ)エリアに向かう。ゴンドラで登り長い緩中斜面の滑降を何回か楽しんでTignesの街(2100m)の少し上にあるVal Claret

3456m地点から。白いpピークはLa Grande Motte 3656m「
3456m地点から。白いpピークはLa Grande Motte 3656m

から地下を走る280人乗りのケーブルカー(Funiclair)にのり一挙に3,032mに。そこからゴンドラに乗るとそこは3,456mだ。

良く整地されたピステをVal Claretに下り一休みしている間にうす曇りになり、斜面の凹凸が全く見えなくなる。ここから帰路につくが斜面が見えないと怖さが先に立って我ながら情けない格好でようやく帰り着いた。

1月29日(金) 最終滑走日

今日も快晴、この一週間暖かく穏やかな天気に恵まれた。なにか突然最終日になってしまった気分だが、明日早朝には帰国の途につかなくてはならない。

DSC01701今日はいつものようにゴンドラでRocher De Bellevarde 2827mに上がり、ビデオを撮りながら右側の斜面を降りてVal D’Isereの少し下のLa Dailleから出ているもう一つの地下ケーブルカーFunivalに乗りに行く。

こちらは220人乗り、まるで巨大な芋虫のようなFuniculaireに比べれば見慣れたケーブルカーだが、出発してまもなく岸壁を穿ったトンネルに入っていく様はなかなかのものだ。

一休みしてケーブルに乗りBellevarde戻ったところで、皆と別れ早上がりし、店が昼休みに入る前にタラバガニを一肩と白ワインを仕入れる。

 

 

1月30日(土) 帰国へ

早朝ホテル発、ジュネーブ空港へ。
チューリッヒ経由で1月31日(日)朝無事成田空港に到着した。

ジュネーブ空港
ジュネーブ空港

また接続不能に

IMG_20150213_1232502月6日から10日まで昨シーズンは大雪で行けなかった恒例の戸狩合宿に続いて13日から15日まで友人の仲間の秋田スキー行に参加した。

折からの大雪で盛岡から予定の高速バスが走らず、そのお陰で滅多に乗らない「いわて銀河鉄道」経由JR花輪線(?)で鹿角花輪駅へ。
初日は極ローカルな「水晶山スキー場」で雪をついて3本滑り、後は「どぶろく+きりたんぽ鍋+ホルモン鍋」の大宴会となる。
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翌日は少しでも降りが少なそうな安比高原へ。以前から行ってみたかったスキー場ではあるが、移動中と休憩中は雪が止み滑り出すと降りだすという悪循環に。

夜は宿に帰ってまたまた大宴会。
翌15日は朝からバスで盛岡へ出て名物盛岡の焼肉と冷麺+ひそかに持参のどぶろくを呑み夕方大宮で解散となる。天候には恵まれなかったが、どぶろく、日本酒、料理、漬物に秋田弁、まさに東北の情緒を満喫した旅になった。部外者を快く迎えてくれた友人のスキー仲間に乾杯!

帰りの新幹線のなかでブログを見ようと思ったがアクセスできない。家に帰って色々調べてみたが前回通りモデムのリセットで元に戻った。ヴェイル・スキー日記や1月の鎌倉歴史散歩など書き換えているのだが、ブログの個別記事の本文が表示されないのがまだ解決しないので困っている。

爆弾低気圧からの脱出

12月14日(日) いよいよシーズン・イン、足慣らしのためキロロへ出発。 総勢10名、平均年齢約70? ほぼ定刻にキロロ・リゾート マウンテン・ホテルにチェックイン。

荒れ模様の予報の割には良い天気で時折薄日がさす絶好のコンディション。 用意のソニー・アクションカム HDR AS-100Vをヘルメットに装着して初めての撮影を試みる。 ややカメラが(頭?)が右に傾いているのともう少し上向きに修正すれば良さそうだ。

撮影モードは PS(1080/60p)を選んだが、Youtubeにアップする前に持参の古いミニノートでムービーメーカーを使って編集したら30pになってしまった。

翌15日は雪が時折強くなったが、カメラの向きを修正して再度テストした。今度はその一部を1080/60pのままアップロードしてみた。 動画の編集は持参したmsi U100のスペックでは大変な忍耐が必要だし高画質の再生も無理だが、帰宅してメインマシンで比較してみよう。

爆弾低気圧

12月16日早朝、晴れていて風もない。 しかし天気予報を見るとこれまで見たことのない天気図が。 その名も爆弾低気圧!

明日のフライトはかなり危うい。仲間の何名かは困るだろうが、こちとらは1,2日延びてもなんら問題はないし安いパック旅行だしフライトの変更も無理だろうからなるようになれという気持ちで居た。

朝食後、我々のスキー、旅行、飲み会のすべてに亘ってマネージメントを引き受けてくれるSさんが来て、何とかフライトの変更を交渉するから今日引き上げたほうがよいのではと言う。 聞けば同行のHさんのMLBステータスがダイヤモンド、確認はしなかったがSさん自身もかなり高いステータスを保持しているのでなんとかなるという。

10名という大人数なので大丈夫かなとも思ったが、出来るだけ早く空港へと無料送迎バスで小樽築港駅へ行きJRで新千歳空港へ向かうことにする。 前日あまりにも滑りの悪かったスキーのワクシングのため板をマウンテンに預けてきたので大慌てでシャトルバスでマウンテンホテルへ。スキーを受け取りホテルの中を走って同じシャトルバスで戻り荷造りを済ませやれやれ。

13時半頃新千歳空港着。 Sさん、Hさんは早速JALと交渉に。 程なく「全員15時のフライトが取れました!」 流石の交渉力には敬服仕りました。有り難う!

ソニー アクションカム HDR AS100VR

いよいよスキーシーズン到来。我ながら良い加減にしたらと思うのだが、この時期になると一刻も早く雪の上に立ちたい、今年はもう少しうまくなりたいなどと思うのだから始末が悪い。
でもこの3年余の間の2度の大きな手術を乗り越えられたのも、もう一度雪の上に立ちたいという強い思いがモチベーションの一つだったのだから、今しばらく-仲間についていけなくなるまでは-はと思っている。

P1000486-1 (1)先日何気なくYouTubeを覗いていたらSonyのアクションカムを使った動画が目に付いた。この分野はここ数年GoProの独壇場だったが、どうやらSonyも本気になって開発しているようだ。最初はふーんといった感じでいろいろと見ているうちに、歳甲斐も無く生来のデジもの好きが頭をもたげてきてとうとうポチってしまった。

腕時計型のリモコンが同梱されたSony HDR AS-100VRはなかなか洒落たパッケージで到着。microSDカードは折角だから最高画質で録画できる64GBをと思ったがなにせ高価である。さらに相性がある可能性がありSonyのものが安全という。いろいろ探して「Sony海外向けパッケージ品の並行輸入品」という訳の分からない約半額近いものを発見。

P1000494当然スキーの楽しみを増やすためのものなので、ヘッドマウントキットも購入。早速取り付けてみたが、フリースタイル用のヘルメットは耳の部分が無いのでどうもぐらぐらする。両面テープを貼って一応ぐらつきは抑えられたがはたしてどうか。

P1000490折角だから自分撮りも試してみたいが、Sonyのアクセサリーにはスキーのポールに取り付ける適当なものが無い。
いろいろ探してContourのポールマウントを購入、台の部分を改造して取り付けてみた。カメラを外せば小さな部品だけになる。そP1000491れにしても年期の入ったポールだなあ。

岩鞍スキー顛末記 愛車フォレスターの運命は?

3月5日、朝5時40分愛車フォレスターで息子のアパートに向かう。ところが恥ずかしながらアパート前を通り過ぎてしまった。あわてて電話をして引き返すが何を勘違いしたのか再び通り過ぎ再度電話をかける始末。そろそろ日頃のカーナビ不要説も撤回せざるを得ないようだ。

それでも6時少し過ぎに運転を交代して息子曰く「やっぱりこの車はアクセルの踏み応えがある」と言っていた矢先、「あれ!ギアが抜けた!」
一旦路肩に停車、バックは出来るのを確認。もう一度Dにいれアクセルを踏むと走り出すがどうも1速以上にシフトアップしない。運よく高速の入り口寸前だったので息子の家まで1速で転がして行き今日も仕事の嫁さんを起こして車を変えて再出発したのは7時15分ころになっていた。

出発時間が遅くなったので遠回りだが圏央道経由で10時15分岩鞍スキー場着。 朝から降り続いていた雨がスキー場近くになってようやくみぞれに変わった。 まあ午後から少し冷えてくるだろうとスーパーシニア(70歳以上)の2日券¥4,500を購入。 そのままロープウェイに乗って山頂へ行きいきなり国体男子コースを滑り出してしまったのが大失敗だった。昨夜来の重い雪が雨に近いみぞれでさらに水を含んでとても年寄りの脚力では太刀打ち出来ない。上部の急斜面は思い切って行けば何ターンかは出来るが下部の中斜面はますます雪が重くなって手に負えない。ようやく下部のピステが入った緩斜面まで降りるまでに精力を使い果たしてしまった。

1966893_608694389220110_731118578_n早めに宿にチェックインして途中で買った地酒とワイン1本を空けてしまった。サッカー日本代表、なでしこの試合もほとんど夢うつつ。

3月6日夜のうちは止んでいた雪がまた降り出した。でも気温は宿の辺りでもマイナス5度、雪も軽いので朝のうちにピステが入ってくれたことを願うのみだが、この人の少なさではと心配が先にたつ。さらに持参のタブレットがどうやっても電源が入らない。車に続いて悪いことが重なるものだ。

今日は慎重に下から眺めて斜面を選んで滑る。昨日と打って変わった軽い新雪が10-15cm積もったピステは快適で特にロープウェイからの2.8kmのミルキーウェイは中斜面が続いてスキーの楽しさを満喫できた。滑りつかれて3時少し前に宿に帰り一風呂浴びて帰路に着く。

壊れたフォレスターを今晩中にディーラーに渡そうと連絡したら我が家まで取りに来るという。念のため息子に後に付いてもらって運転し始めたらなんと何事もなかったかのように走り始め、途中急加速などもしてみたがまったく正常だ。
トルコンがいかれたとなると変速機ユニット交換となるので困ったなと思っていたが、電子回路のトラブルかソレノイドの動作不良くらいであってくれればと、とにかく原因を調べて対策を立ててもらうようにお願いした。
さて家に落ち着いてタブレットを充電器につなぎリセットしたら無事立ち上がった、これもきつねにつままれたような話でなにか妙な一日だった。

 

キッツビューエル4日目 ヨーロッパ・スキー最終日

キッツビューエル3日目

3日目は朝からみぞれのようなものが降っている。まあ高いところは大丈夫だろうと、ショッピング組みを残して滑りに出る。しかし上部は濃い霧で方向感覚さえ失いそうだ。どうにか初日に滑った辺りにでて、ホテル近くのゴンドラ乗り場にたどり着く。いつもながらT氏のゲレンデ・マップを読む能力には驚かされる。