病院のはしご

このところ病院のはしごが続いて気が滅入る。
9月末から2年半前の大腸がんの転移再発を調べるための一連の検査があった。 加えて網膜剥離手術後の経過観察や声帯の経過観察が重なり、その上に9月中旬から足の甲が腫れて歩行が不自由になったてしまった。

足の甲が腫れ内出血でどす黒くなってきたので、何はともあれいつもの整形外科・皮膚科の医院を訪ねたら
医者:「どこかにぶつけたんだろう?虫に刺されたって内出血はしないよ」
私: 「ぶつけた覚えはないんですが」
医者:(この爺さん少し呆けてるんじゃないのてな顔で)
「まあ湿布を出して置くから様子を見なさい」
仕方ないので湿布をして安静にしていたのだが一向に腫れが引いてこない。

連休明けに昭和大学の大腸の内視鏡検査で看護師に足を見せたら「すぐに皮膚科にいきなさい。蜂窩織炎にでもなったら大変!」 検査技師にも蜂窩織炎はショック死を起こすと脅かされた。

大腸の検査を終えて最初に行った整形外科・皮膚科医院へ。
医者: 「なにいまだ5日だろ、内出血なんてまだひかないよ!」と赤外線の温熱療法を指示。
私:「…」 (まだ腫れたところが熱い感じがするのに、ろくに見もしないで温めるなんてもうこの医院には来ないぞ)とそっと足をずらして逃げ帰る。

翌々日、今度は胃の内視鏡検査で再び昭和大学へ。消化器センターに行く前に事情を話して皮膚科の予約をいれ検査終了後診察をうける。

皮膚科の女医さん:一目見るなり 「これは皮膚科じゃないわね」と
暫く待って循環器センターで血液検査と下肢静脈のエコー検査を指示される。しかしはっきりした所見もなく再び皮膚科へ。
「炎症反応の数値も低いので少し様子を見てください。冷やして軽く弾性包帯を蒔いておくように」

img_20161003_1000331週間後(腫れ出してから2週間)再び皮膚科に。「内出血は収まってきているので、今度は抗生剤を5日分出すのでまた見せてください」

5日後「腫れはひいてきているので、今度はステロイド軟こうと消炎剤を処方される。

一週間後「大分良くなってきているのでこれを続けましょう。経過からすると皮膚の下の脂肪層に炎症が起きた脂肪織炎の一種と考えられる」とのご託宣だった。

要するに原因はよくわからないが対症療法で効果が出ているので良しとしましょうということらしい。

足が腫れ出してから一ヶ月、運動不足で体が重いし気も重い。

(網膜剥離の手術後PCに向かうとすごく目が疲れるようになり、ブログの更新もついおろそかになっています。さてはまた入院したかとご心配をお掛けしているようなので、簡単な記事でも書こうと思いつつ…すいません)

 

硝子体手術経過

6月13日に受けた手術から昨日で一ヶ月が経過した。検査の結果剥離した網膜は無事張り付いたようだ。視界の中心と上方は黄斑変性症でむら雲がかかったような状態で視力は0.1程度しか出ないが、視界下方がクリアになったので歩行や車の運転が随分楽になった。もしかしたらテニスも少しは楽しめるようになったのではないかと期待が膨らませている。

眼球内に入れたガスは普通1-2週間で抜けると言われていたのだが、小生の場合、丁度3週間目の7月4日の朝、泡が仁丹の粒くらいになったので久しぶりに竹藪の整備をしている仲間に会いに出かけた。ずうずうしく作業もせずに昼のソーメンを馳走になっているときふと気が付くと泡がなくなっていた。仲間にも「泡が消えた!」と叫び、兎にも角にも今日から晴れて上を向いて寝られるのが無性に嬉しかった。

昨年8月の黄斑変性部からの大きな出血で混濁していた硝子体を網膜剥離回復のために抜いたので下方視界が広がったとすれば、良いタイミングで剥離が見つかってラッキーだったのかもしれない。大動脈解離、大腸がんに引き続き大事に至る前に発見できたのはもう少し人生を楽しめという神の配剤かと、リハビリに努めよう。

 

 

裂孔原性網膜剥離

またまた入院してしまいました。6月8日に「網膜に穴があいて剥離を起こしている。放置すると完全に失明する」と診断され10日に入院、13日に硝子体手術を受けました。

さながら腹腔鏡手術のミニチュア版で眼球に3箇所穴を開け、そこから硝子体を取り除き網膜を戻してガスを入れるという手術です。
手術は2時間半程で終わりましたが、網膜が再剥離しないように常に下を向いて安静にしていなければなりません。寝る時もうつ伏せ、トイレに行く時とと食事中は正面を向いていなければならないというのはつらいものです。

IMG_20160619_084323手術後4日の17日に「眼球内にガスが入っている」というリストバンドを付けられて退院させられ、今日で手術後2週間が経ちました。眼球内に入れたガスは普通1-2週間でなくなり硝子体の替わりに体液(?)で満たされると聞いていましたが、歳のせいで代謝が悪いのか未だ眼球の高さの3割くらいのガスが残っています。
視野内では上下左右さかさまに見えますから視野の下方に液面がゆらゆらしていています。ガスが抜けるまであと4,5日かかりそうでまだまだ下向きの生活が続きます。

DSC02371昨年8月、10年以上前からの加齢黄斑変性症からの大量の出血で右目が殆ど見えなくなりましたが、今年5月には視力が少し回復してきた矢先でした。果たしてこの手術でどこまで回復するのか気がかりな毎日を過ごしています。昨年8月以前の状態(右目の上半分に歪みと視野欠損がある)に戻ればラッキーと思って我慢、我慢の毎日です。
昨日は高2の孫が17日遅れの79歳を祝いに来てくれました。

 

老人性乾皮症と万歩計

4月末頃から右の向脛にできもの様のしこりが出来て気になるので近所の整形外科に見せたら、”骨とは関係ないので心配は要らない。両足とも皮膚がカサカサで傷だらけになっている。「老人性乾皮症」だ”とのご託宣でステロイドの塗り薬をくれた。「加齢性黄斑変性症」、「老人性乾皮症」要は原因不明ということか。

スキーシーズンが終わり、片目ではテニスも出来ないので運動不足、なんとなく体調が良くない。5月初めには毎年蓼科の別荘にお邪魔していた先輩が肝臓がん(胆管がん?)で急逝されたとの通知を受け取る。2年先輩で人一倍健康に気を使っていた方だけに気分も沈みがちになった。

私の生まれ年に作出されたバラを見つけた
私の生まれ年に作出されたバラを見つけた

これではならじと嫌いな散歩をと思ったが、やはり目的もなく歩くのは面白くない。丁度市営テニスコートの利用券の更新が必要になったので3kmほど離れた公園内の事務所まで少し遠回りし上り下りのあるコースを選んで往復歩いて行く。その後も病院通いの為の駅までのこれも3kmを歩いて往復したり、妻と前出の公園内のバラ園まで歩いて行ったりした。

¥964でした
¥964でした

以来機会を見ては歩いているが、生来の怠け者がこのまま続けられるは思えない。少しでもモチベーションを上げようと「万歩計」を購入した。
家で何もしないでいると一日3000歩前後しか歩かない。一日一万歩の為には6-7km歩く必要がありそうだと分かった。

当面週2回一万歩が目標。続くかな?

東日本大震災5年

2011年3月11日(金) 60mmほどに膨れ上がった解離性大動脈瘤の手術の為、府中の榊原記念病院に入院直後大きな揺れに襲われた。免震構造の4階建ての病院は剛性が高いだけにまるで遊園地のティーカップのように揺れ動いた。

ベッドの上で惨状を伝えるTVを為すすべもなくみつめるばかりだったが、家族の事も気になる。妻は息子に送られて帰ったが、孫2人はどうしているのか、2人を残して勤めに出ている娘夫婦はどうしているか、携帯電話がつながらないのでどうにも連絡のしようがない。唯一病室のフロアにある公衆電話が頼りの綱だが、まれにつながる携帯との通話や固定電話でどうやら全員の安否がつかめたのは夜9時を回っていた。

あれから5年、あちこち問題を抱えながら「生きている間は元気で人生を楽しみたい」とそれまでと変わらない生活を続けているが、復興のほうは遅々として進んでいない。昨日高浜原発の運転が差し止めになったが、福島の原因究明が無いまま再稼働に走る政治家連中には背筋が寒い思いを禁じ得ない。

独眼竜伊達政宗

お茶DSC01340目な友人から独眼竜伊達政宗の兜と眼帯が届いた。刀のつばを使ったものは手に入らなかった由だが、もし手に入っても重くてとてもつけてはいられないだろう。
右目は少しずつ透明度は増して来ているが、未だに水に濡れた曇りガラス越しに見ているようであまり役に立ってはいない。でも利き目が右目から左目になったのに慣れてきたのと、視界下方の遠近感が少し出てきたので少し楽に動けるようにはなってきた。
逆に右目の暗いところなどの情報が邪魔で眼帯をしているほうが目は楽なので時々は独眼竜の気分になるのも悪くないかもしれない。スポンジ入りの兜はとても暖かいが、さすがに表に出る訳にもいかない。ともかく有難う。

駅まで3km 鎌倉歴史散歩11月

不動堂では来年の干支がお出迎え。はて猿の下の物体はなに?
不動堂では来年の干支がお出迎え。はて猿の下の物体はなに?

11月30日(月) 本年最終回の鎌倉歴史散歩に参加した。今回は大船からバスで鎌倉カントリー方面に向かい、今泉の白山神社、称名寺を経て散在ヶ池(鎌倉湖)へ。

右目不調と肋骨々折騒ぎで運動不足が祟ったのだろう称名寺本堂から不動堂までの135段の石段では息切れが激しかった。たいした距離は歩いていないのに帰宅後の深

鎌倉湖、紅葉にはまだ早い
鎌倉湖、紅葉にはまだ早い

夜2に回も足がつる騒ぎで我ながら情けない。

利き目が右から左へ変わった違和感もどうやらなくなってきたので、雪の便りも聞かれる昨今、脚力の低下を少しでも防ごうと翌日の病院行きには駅までの3kmを歩いて行った。アップダウンのある経路を選び所要時間28分はまあまあと一安心。

これを機会にできるだけ毎日歩こうと思っているのだが昨日は先輩3夫婦と食事会、今日は雨、またまた一日坊主にならないよう頑張ろう!

万願寺唐辛子とコスモス

DSC00889
万願寺唐辛子と甘長とうがらし最後の収穫

転倒から2週間、まだ左腕を使ったり咳をすると痛むがあちこちの打撲や擦過傷の痛みもとれどうやら人心地がついた。

この間庭仕事ができなかったので正月用の小松菜の種まきが遅れてしまった。転倒前にトマトの後の畑に蒔いた小松菜と春菊は順調、人参は蒔くのが遅すぎたかも知れない。小松菜はもう一畝蒔きたいので、遅ま

葉を摘んで佃煮に
葉を摘んで佃煮に

きながら長いこと楽しんできた万願寺唐辛子と伏見の甘長唐辛子を抜いてひとまず石灰だけ入れて置いた。

葉は佃煮にする予定。

 

 

春にブッチャード・ガーデン土産の花の種を貰って蒔いておいたら中にコスモスがあって背丈2m近くになDSC00886ってピンクと赤い花をつけている。写真に撮るのだがどうもあまり印象的な写真が取れない。今日は思い切ってハイキーにして撮ってみた。

 

 

DSC00879

右目は回復のきざしが...でもまたドジった!

右目中心部からの出血によりほとんど見えなくなってから2か月、少しずつだが曇りが取れてきた。まだ視野の上半分は暗いままなので、見ようとすると目玉が動いて中心部の一番暗いところに視線が行ってしまうので役には立たない。
でも少し足元の遠近感は出てきたようで、階段の一段目を踏み出す時の怖さがなくなってきた。
「スキーは見えなくても足の裏の目があるから大丈夫」と格好良く言ってみたいところだがこの分ならどうやらスキーシーズンに間に合いそうだとホッとしている。

ところが先の10月10日、庭の梅の徒長枝の選定を始め一休みしようと脚立から降りたとき転倒。あいにくそこにはブロックがあって左胸をしたたか打ちつけてしまった。痛みが引かないので整形外科へ行きレントゲン検査の結果肋骨が折れていた。
肋骨はヒビ程度ならレントゲンには写らないのだが今回は完全に折れているらしい。といってもサポーターを巻いて湿布をするくらいしか手の打ちようがない。
今回は打撲と擦過傷の痛みに悩まされ、10日経過した今日になってようやく人心地がついてきて普通の肋骨骨折回復期に入って来たようだ。
痛みが取れるのは普通3週間なので、歳を考えても11月中旬には普段通りに動けるかなと思ってる。

片目なので充分気を付けていたつもりが最後の一段で地面との距離感がずれ空足を踏んだようになりあえなく転倒してしまった。多分自分では感じていない体幹の衰えからくるのだろう。なんとか80歳まではと続けてきたスキーなので、15-16シーズンも安全第一に楽しく滑りたいものだと思っている。

(残った左目を大事にしようとPCに向かう時間を減らしていたら、先日もしかしてまた入院でも?という電話を貰ってしまった。すいません、時々状況報告します)

右目がピンチ 失明は避けられないか?

右目が加齢性黄斑変性症と診断されたのは10年以上前、20年近く前のことだった。右目で物を見ると中心部が大きく歪んで見えるのだが、人間の脳は大したもので左目の情報を頼りに自動的に修正して両眼で見ている限り大した不自由は感じなかった。但し右目が効き目の私はテニスボールが手元に来て突然ワープしたりするのですっかりテニスが駄目になってしまった。

その後、時々黄斑付近で出血があり視野の一部が暗くなり症状が出るようになったがしばらくすると吸収されてあまり気にならなくなり、網膜を変形させていた血管がパンクしてつぶれることで歪みが減って却って見やすくなったりと小康状態が続いていた。

ところが8月10日頃から右目の視野の欠損が大きいのに気付き、かかりつけの眼科へと思ったがあいにく夏休みである。18日に診察を受けたら今回は出血が多量で一部網膜はく離を起こしているようなので、紹介元の北里大学病院へ行けという。

翌19日、紹介状を持って8時20分受付へ。お定まりの視力検査のあと診察で名前を呼ばれたのはなんと午後1時半、まるで難民キャンプのような受信者の中で耐えること5時間、信じられません!

おまけに持参して提出してあった照会状にもあまり目を通していないらしく瞳孔を開く処置をしてしばらく待てという。再度診察後、網膜の専門の医師の診断、再々度担当医に戻り終わったのは夕方4時だった。

結論は加齢性黄斑変性症が原因の出血による網膜はく離で、網膜に穴は開いていないのでこのまま様子を見るしかないとの事である。その後右目は益々見難くなり却って右目をつぶっていたほうが楽だ。どうも右目の回復は望めそうもない。(欧米では加齢黄斑変性が失明原因の1位らしい)

片目になったら、テニスは諦めるとして果たして車の運転が出来るかどうか、スキーは出来るのだろうかなどと憂鬱な日々である。

その後の調べでは、両眼で視力が0.7以上、視野角が150度以上あれば普通免許は維持できることが分かった。スキーは楽しむことくらいは出来る筈と...

大動脈解離、大腸癌と2度のピンチを乗り越えたら3度目の試練が来た。これまで通り前向きにと思うが...泰頑張れ!